人の心がわかることが本当の教養

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コラム

相手のさまざまな響き合いをしながら生きていくために大事なこと。
それはまず、身体を使った生身の体験だと申し上げました。
それと正反対のように聞こえますが、


他人の気持ちがわかるためには、総合的な意味での学力がなければならない。
実は、ミラーニューロンはわれわれ人間だけでなく、サルにもある。
共感能力もいろいろな動物にある。


けれども他人の心を読み取る能力は、人間しかない。科学的にはそう言われているそうです。
脳科学では、他人の心を読み取る能力を「心の理論」と言います。
これを持っているのは人間だけです。
どういうことか。心を読み取るということは、共感する能力以上の何かなのです。


たとえば、動物も仲間が怪我をしてウォーン、ウォーンと鳴いていれば、自分もウォーン、ウォーンと鳴きます。
これは共感能力です。


それでは、人間が他人の心を読み取る心の理論は、これとどこが違うのか。
それはポーカーフェースのときにも、他人の心がわかるということです。
これは、認知心理学の研究上、きわめて画期的な発見でした。
つまり、それまで、なぜ人間は特別なのか、わからなかったのです。ほかの動物も、共感はする。


ではなぜ、人間はほかの動物に比べて、高度な社会生活を営んでいるのか。
見た目と心の中身が一致するときには、動物もわかる。見たままですから。
人間のどこがすごいのかというと、たとえば「顔で笑って心で泣いて」といいます。


あの人は今、笑っているけれども、本当は悲しい気持ちなのだ。そういうことがわかるのは、人間にしかできないこと、人間だけが持っている能力です。
心というのは、もともと目に見えないものです。

私の知り合いのアーティストが、この世で一番美しいものは人の心の中にあるといいましたが、
確かにそうです。


見た目の美しさではなくて、心の美しさというのは、一度それに触れると、われわれは一生忘れられない。
しかしそれは目に見えないものです。


他人の心を読み取ることは、目に見えないものをありありと思い浮かべる想像力と関係している。

そして、想像を豊かにするためには、やはり総合的な学力が必要です。
知性、感性、そういういろいろなものが必要なのです。

われわれは「人の心がわかるような人間になりましょう」と言います。
そのとき、どうしても学力とは離れたものとして、そういう力をとらえがちです。


「心の優しい子」という場合に、「勉強はできるけど、あの子は人の心がわからない」とか、
「この子は勉強は苦手かもしれないけど、他人の心がわかるとてもいい子だ」、
そんな言い方をします。

これは脳科学的にいうと、間違っているのです。
何が間違っているかというと、勉強ができるのに他人の心がわからないというのは、本当に勉強がてきる子ではないのです。
何か偏っている。


本当に総合的に勉強ができる子だったら、他人の心も当然、わかるのです。
逆にいうと、学問をすることの究極の目的は、他人の心がわかることであると言ってもいい。

勉強ができないのに他人の心がわかる優しい子は、共感能力が高いということはありえます。

しかしそのことと、人に人に言えないニュアンスがわかるというということは、別の問題です。
つまり、勉強ができることと、人の心がわかることはイコールだということです。

これからの未来を生きる君たちへ
茂木健一郎著
【学問の究極の目的は、人の心がわかること】

さあ皆さんんも一緒に共感能力を高める習慣を身に付けませんか
読書、コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップ
さまざまな学習を通じて学び直しをしましょう。



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