【連載小説】第56話 運命の週刊誌

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そんなある日——。

店では珍しく、大規模な貸切パーティーが開かれていた。

地元の有力者ばかりが集まる特別な夜。

こういう日は、新しい客に顔を覚えてもらう絶好のチャンスでもある。

美月は鏡の前で笑顔を作ると、フロアへ向かった。

『今晩は』

席についた瞬間、相手の顔を見て思わず声を上げた。

『あっ……先生!』

『やっぱりそうだ』

川崎先生が嬉しそうに笑った。

『マンションを案内した美月ちゃんだよね』

『そうです。びっくりしました』

『いやあ、こっちのほうが驚いたよ。こんな豪華な店で働いていたなんて』

『先生こそ。夜のお店とか来るんですね』

『ほとんど来ないよ。仕事ばかりでね。設計屋なんて貧乏暇なしだ』

川崎先生は気取ったところがなく、一緒にいると不思議と安心できた。

『またいらっしゃる時は、美月を指名でお願いしますね』

『ははは、営業上手だな』

先生は目を細めながら、美月の話をずっと楽しそうに聞いていた。

それから川崎先生は、いつしか店の常連になった。

美月だけではなく、蘭子ちゃんや麻衣ちゃんも指名してくれた。

仕事帰りに食事へ行き、深夜にはバークレーへ流れる。

先生はいつも静かに笑っていた。

まるで、自分だけ時間の流れが違う人みたいだった。

『女性とこうやって飲むこと、今までほとんどなかったからさ』

先生は照れながら言った。

『なんだか青春を取り戻したみたいだよ』

一枚のマンション広告。

たったそれだけの偶然から始まった出会い。

けれど今思えば、あれは偶然なんかではなかった。

その年の夏——。

写真週刊誌『F』で、“銀座のママ特集”が組まれた。

それが、美月の人生を動かすきっかけになる。

今日は年に一度の夏祭りイベント。

浴衣姿の女性たちで店内は華やぎ、男たちはみな上機嫌だった。

『先生来てくれて助かったぁ。今週ノルマ厳しくて大変なの』

『いやあ、美月ちゃん浴衣似合うな』

『また適当なこと言って』

『本当だよ。特に素足が色っぽい』

『もう、酔ってるでしょう』

二人で笑っていると、先生が一冊の週刊誌をテーブルへ置いた。

『今日ね、これを見せたくて来たんだ』

『え? なになに』

ページをめくった瞬間、美月は息をのんだ。

そこには、艶やかな着物姿の女性。

“銀座の名門クラブを率いるママ”

そんな文字が並んでいた。

『綺麗……』

思わず漏れた。

『実は、その人——俺の姉なんだ』

『えっ!?』

美月は先生の顔を二度見した。

『ほんとに? 全然似てない』

『よく言われる』

先生は少し寂しそうに笑った。

『うちは複雑でね。子供の頃に両親が離婚したんだ』

『……』

『姉とはずっと離れて暮らしてた。だから銀座でママをやってるなんて、この週刊誌を見るまで知らなかった』

先生は記事を静かに見つめていた。

『苦労したんだろうな。今も母親の面倒を見ながら頑張ってるらしい』

その横顔は、どこか誇らしそうでもあり、遠い人を見つめるようでもあった。

『いいなぁ……銀座』

気づけば、美月はぽつりと呟いていた。

『私、一度も行ったことないんです』

『俺もないよ』

『でもなんか特別な響きがありますよね』

銀座。

その言葉だけで、胸が少し熱くなる。

『先生、今度東京行くんですか?』

『ああ。一回、姉に会ってみようと思ってる』

『じゃあ、銀座どんな所か見てきてくださいよ』

『興味あるの?』

『あります』

美月はグラスを見つめながら小さく笑った。

『最近、この店にいると苦しくなるんです』

『苦しい?』

『女同士の争いとか、足の引っ張り合いとか……。売上、順位、指名争い。みんな目の色変えてる』

少し疲れた声だった。

『そんなの、どうでもいいって思うのに』

先生は黙って聞いていた。

『わかった』

しばらくして先生が笑った。

『姉に会ったら、銀座がどんな場所か聞いてくるよ』

その言葉に、美月は少しだけ胸が軽くなった。

まるで遠くに、小さな光が見えた気がした。
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