【連載小説】第42話 優しい罠

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その夜も、店は何事もなかったかのように賑わっていた。

麗子ママは退院したものの、
もう店に姿を見せることはなかった。

その空白を埋めるように、

奈々ママは、以前にも増して
堂々と店に君臨していた。

『美涙さん、お願いします』

新規の客だった。

——綺麗な人。

そう思ったのは、
顔立ちだけではなかった。

『こんばんは』

その声の柔らかさに、
思わず気持ちが緩む。

『美涙です』

『いい名前だね』

ただそれだけの言葉なのに、
なぜか胸に残った。

(……素敵な人)

美涙は、久しぶりに
自分の心が揺れるのを感じていた。

『お名前教えていただいてもいいですか?』
と緊張していつもと違う声になった。

『結城です』

差し出された名刺。

整った所作。

自然な距離感。

すべてが、心地よかった。

『東京から来てるんだ』

その一言で、
さらに特別な存在に見える。

『よかったら、明日お食事でも行きませんか?』

気づけば、
自分から誘っていた。

そんな自分に、少し驚く。

——でも、止められなかった。

『あの……こんばんは』

そこへ、美月が入ってきた。

『美月です』

結城の視線が、
一瞬こちらに向いた。

その目は、
人を見抜くような静けさを持っていた。

(……この人)

美月は何かを感じたのに、
言葉にはできなかった。

そして魔法にかかったような時が過ぎ
いつの間にかラストになろうとしていた。

『この後、どこかに行かない?』

美涙の声は、
すでに少し甘くなっていた。

『いいね』

結城は、迷いなく頷いた。

その自然さが、
逆に怖いほどだった。

『バークレーに行きましょうよ』

『占いが当たるのよ』

『面白そうだね』

すべてが、
あまりにも滑らかに進んでいく。

『美月ちゃんも行こうよ』

断る理由はなかった。

けれど——

なぜか、胸の奥に
小さな違和感が残った。

それが何なのか、
まだ分からない。

ただひとつだけ、確かなことは——

この出会いが、
穏やかなままで終わるものではないということ。

その夜、三人はバークレーへ向かった。

まだ誰も、

この“優しさ”の先にあるものを、
知らなかった。
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