【連載小説】第41話 偽りのぬくもり
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白い壁に囲まれた特別室。
機械の音だけが、静かに響いていた。
麗子は、ゆっくりと目を開けた。
『……あなた?』
かすれた声。
『麗子……!大丈夫か』
その声には、安堵と焦りが混ざっていた。
『ごめんなさい……私……』
『いいんだ、もう何も言わなくていい』
そう言いながらも、
社長の手はわずかに震えていた。
『……どうして、こんなことになったのか
聞いてほしいの』
その一言に、
空気が変わる。
『この前のことだろう?もう終わった話じゃないか』
『違うの』
麗子は、ゆっくり首を振った。
『あなたの浮気……今に始まったことじゃない』
沈黙。
『私ね……分からなくなったの』
『何のために生きているのか』
『何をしても、全部むなしくて……』
『食べても、何も感じないの』
その声は、あまりにも軽くて、
逆に重かった。
『もうやめてくれ……』
社長は顔を歪めた。
『お前には怜香がいるだろう』
『あの子は……強い子よ』
『私がいなくても……生きていける』
『そんなこと言うな!』
その声は、
初めて“本音”に近かった。
『これからはちゃんとする』
『早く帰る。家族で……やり直そう』
その言葉に、
麗子は目を閉じた。
『……ありがとう』
『私、もうこんなことしない』
『時間がかかっても……
自分の生きる意味、探すわ』
その言葉は、
決意のようでいて——
どこか、頼りなかった。
社長は静かにうなずいた。
そして——
そっと病室を抜け出した。
深夜の廊下。
無機質な光。
電話ボックスに入り、
番号を押す。
『……もしもし』
『由美子か』
その声は、先ほどとは別人のようだった。
『会えなくなった』
短く、告げる。
『どうして?』
『事情がある』
『またそれ?
私、いつも待ってるだけじゃない』
苛立ちが、はっきりと伝わる。
『少し時間をくれ』
『……もういい』
電話は、一方的に切れた。
静寂。
社長はしばらく、
受話器を握ったまま動かなかった。
守りたいものと、
手放せないもの。
どちらも選べず、
どちらも壊していく。
その夜は、まだ終わらない。
そして——
『美涙さん、お願いします』
いつもと同じ声が、店内に響く。
新しい客。
新しい夜。
何もなかったかのように、
物語は続いていく。