【連載小説】第39話 嵐の気配

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『みんな、ちょっと聞いてくれ』

店長の声が、待機中のフロアに響いた。

『今日から入った蘭子さんだ。
初めての仕事だから、色々教えてやってくれ』

『よろしくお願いします』

現れたのは、少し落ち着きのない目をした女の子だった。

どこか強気で、
どこか不安そうで。

その瞬間——

美月は、妙な既視感を覚えた。

『先輩!』

突然、蘭子が駆け寄ってきた。

『えっ……先輩?』

『白百合学園ですよ!一年後輩の井上です!』

思い出せない。

けれど、確かに同じ場所にいた。

『先輩、有名でしたよ』

その言葉に、少しだけ引っかかる。

何の意味で——?

続きを聞こうとした瞬間、

『おい、そこ!うるさいぞ!』

店長の怒鳴り声で、会話は途切れた。

その夜は、
ゴールデンウィーク前ということもあり、

店は息つく間もなく忙しかった。

気がつけば、深夜。

仕事を終えた美月たちは、
そのままバークレーへ向かった。

静かな店内。

いつもの空気。

『新人さんの手相、見てもらいましょうよ』

美涙の一言で、
その場の空気が少し和らぐ。

ママは蘭子の手を取り、
しばらく黙って見つめた。

そして——

ほんの少しだけ、表情が曇った。

『……波乱万丈ね』

蘭子の顔から、酔いが消えた。

『男運も……少し気をつけた方がいいわ』

その言葉に、
誰も軽く笑えなかった。

『でもね』

ママは少しだけ優しく続けた。

『夜の世界に来る子は、
みんな何かしら抱えてるものよ』

その言葉に、
美月は何も言えなかった。

——確かに、そうかもしれない。

誰もが、何かを背負ってここにいる。

『私、やり直したいんです』

蘭子がぽつりと言った。

その言葉が、
妙に重く響いた。

『大丈夫よ。みんながいるから』

美涙の声は、変わらず優しかった。

しばらくして、
場の空気が少しだけ軽くなった頃——

『そういえばさ』

美月がふと思い出したように言った。

『私の“悪名”って何だったの?』

その言葉に、蘭子が笑った。

語られるのは、
学生時代の他愛もない噂。

けれど——

それは同時に、

“昔の自分”を思い出す時間でもあった。

無邪気で、
何も知らなかった頃の自分。

そして今。

まったく違う場所に立っている。

その時だった。

静かな店内に、電話の音が響いた。

『……はい、バークレーです』

受話器を取ったママが、
美涙の方を見た。

『美涙さん、店長から』

『こんな時間に……?』

受話器を取った瞬間、

美涙の表情が変わった。

『……え?』

その一言で、
空気が凍りつく。

何かが起きた。

そう感じるには、十分だった。
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