【連載小説】第25話 空白の夜

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人は時に自分でも気づかないうちに
運命の扉を開けてしまうことがある。
それは甘い言葉に誘われた
ほんの小さな一歩かもしれない。
だが、その扉の向こうには戻れない
長い夜が待っていることもある。

『いったいあの子は何処にいったのかしら?
もう今日という今日は許さないから』
『すみません。私がついていながらこんなことになるなんて。
それにしても最近萌ちゃん何を言っても上の空で変と言えば変でしたよ』
『恒さん!萌の年齢が一番不安定で何するか分からないって日頃言ってるじゃない!
もっとしっかりしてくれなくちゃ』
『本当にすみません』
雅子は恒さんに八つ当たりしても今の状況が変わらないのを分かっていながら
誰かに当たらないといられない焦躁感があった。

この時、雅子は萌とは関係ない深刻な悩みを抱えていた。
銀座にセンセーショナルを起こした今のお店に影が見え始めて来たのだった。
毎日、洪水のようにお客様が来ていたのに最近は空席が目立つ。
時代の波が大きく関係する銀座にとって不景気は天敵であった。
そして先月末には追い撃ちをかけるように
ナンバーワンの詩織が田舎へ帰るという理由でいきなり辞めてしまった。
しかも、もう次の日には最近オープンした大箱の店のチーママになっていたと
信じがたい情報もあり雅子は悔しくてその店に怒鳴りこもうかとしたところ
店長やマネージャーに止められて僅かながらのプライドを保つことができた。

『恒さんもう休んでちょうだい。後は私が起きて待ってますから』
『奥様すみません。萌ちゃん帰ってくるでしょうかね。
何だか胸騒ぎがして、、、』
『何、縁起の悪いこと言ってるの。大丈夫よ。
そのうちただいまって平気な顔して帰ってくるわよ。
恒さんお願いだから休んでちょうだい』
『ええ、そうさせてもらいますよ』
と重い腰を上げた。

どこからか鳥の鳴き声が聞こえていた。
その鳴き声が少しづつ大きくなり、
萌は眠りから現実へと引き戻された。
重いまぶたをゆっくり開いた時、萌はふと気づいた。
自分の部屋じゃない。
体を少し動かすと、無造作にかけられたシャツ、
テーブルには読みかけの雑誌。
自分の部屋とは違う匂い。
見慣れないブルーのカーテンが朝の光に揺れている。
そして部屋の隅のソファでは、
男性が腕を組んだまま眠っていた。

ここは?
拓海の部屋?
私とんでもないことをしてしまったの?
まだ頭の奥のほうに微かな痛みが走り
萌は今の状況を把握しようとしたが、
まだ朦朧として起き上がることが出来なかった。
そんな萌の気配を感じたのか、
いきなりその男性が起き上がり近寄ってきた。

『おはよう、起きた?』
その声の主は智史だった。
どうして彼と一緒にいるの?
拓海はどこへ行ったの?
誕生日パーティへ行き
拓海とダンスをしたまでは記憶にあったが
それから今の瞬間まで完全に空白の時間だった。
無断外泊も男性と同じ部屋で目覚めるのも
何もかもが始めての経験で
もしかしたら私は取り返しのつかないことをしてしまったのか?

『私どうしてここに?』
やっと絞りだした声は不安と怯えが入り交じりかすれた大人びた声になっていた。
『昨日、拓海のパーティでシャンパンとかいっぱい飲んだのじゃないの?
急に眠くなったと言って君の家を聞いても返事できる状態じゃなくて
仕方なく俺の部屋に連れてきたんだ』
『何で?なんで拓海さんじゃないの?』
萌は急に腹がたってきた。
どうして拓海じゃなくて智史なのか?理解できなかった。
『それが拓海も気分悪いと言って先に帰ったんだよ』
『そんな』
『気分はどうなの?二日酔いとかじゃないの?』
『私、お酒なんで飲んでないわよ。
昨日は確か拓海さんからオレンジジュースをたくさん勧められて
それがなぜか眠くなったのは何となく覚えているけど』
『それオレンジジュースじゃないと思うよ』

別名『レディーキラー』と言っていつも拓海が女を落とす時に使う手だと
言いたかったし昨日はもう少しで危ないところを
智史が半ば強引に萌を助けた形だったが
それを言っても仕方がないのでやめた。

『ひとつ聞いてもいい?』
萌はある重要なことを聞く権利があると思った。
『何?そろそろ帰ったほうがいいと思うよ。親が心配してんじゃない?』
『無断外泊なんて今まで一度もしたことがなかったし
きっと家入れてもらえないじゃないかな?』
『まずは心から謝れば何とかなるさ』
『そうかな?うちの親すごく厳しいのよ』
『どこの親もそんなもんだよ。何かあったかと心配してさ、
無事が分かったとたん腹が立つみたいだよ』
『わかった、もう帰るけどその前にひとつだけ聞いておきたいの』
『もしかして俺が何かしたとか?』
『まあそんなところよ』
『おいおい勘弁してくれよ。俺はさ、高校生なんかに興味ないし
その前に意識ないやつを何かしようなんて思わないよ』
『それならいいけど、このこと拓海さんに何て説明すればいいわけ』
『あのさ、俺もひとつだけ言いたいことがあるんだ』
『何?お説教?』
『いや、違う、拓海にはもう近づかないほうがいいよ』
『えっ?それどういう意味?』
『拓海はいいやつだけどひとつ問題があるんだ』
『問題?何なの?じらさないではっきり言ってよ』
『女癖が悪いんだ』
『女癖が悪いって女の人が好きっていう意味なの?』
『まあそうも言えるな、君が泣くのが見たくないんだ』

萌は智史の話を聞きたくなかったし信じたくなかった。
その話が終わらないうちにもう玄関を飛び出てしまった。

けれど胸の奥で、さっきの言葉だけが消えずに残っていた。
「君が泣くのが見たくないんだ」
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