【連載小説】第10話 桜の夜の代償

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ここは櫻木の自宅で年に一度のお花見の会があり
政財界のお歴々が黒塗りの車で現れる。
そして浅草中の名だたる芸妓が呼ばれ
それは言わば選ばれた芸妓達の花の競演だった。
今年は初めて雅子にも声がかかっていた。

その朝、
『雅子、今日は普通のお座敷と違うの。
櫻木さんといって昔からのお得意さんで
雅子にはまだ早いと思って紹介しなかったけど
浅草中の芸妓が狙っているほどの素晴らしい人なの。
だから櫻木さんに気にいられるよう目立たなくちゃだめよ。
さあこの着物を着てごらん』
『わあ!おかあさん綺麗な着物、桜の模様が見事ですね。
今しか着ることができない貴重な着物だわ』
『おや雅子も着物が分かるようになったのかね。
そう、この着物は京都の有名な作家さんの逸品物でね、
わたしゃ雅子のために崖から飛び降りる覚悟で手に入れたのさ。
だから櫻木さんの側から離れるんじゃないよ。
他のお客も沢山くると聞いてるけど狙いは櫻木さんだからね。
わかった?ぼやってしてたら出し抜かれるわよ、雅子』
『おかあさん、ありがとうございます。
大切に着させてもらいますね』
と雅子は礼を言ったもののこんなことが疲れる原因だわと
一人になった時にふーとため息をついた。

早くこんな家を出なくては、もう堪らない。
今の今まで迷っていた櫻木とのことだったが
三上の言葉が、いつの間にか雅子の決意にすり替わっていた。

計画とはもうすでに雅子は妊娠しているのだから
事は早く済まさなければいけない。
このお花見の会にまぎれて
何とか櫻木にコンタクトをとって
閨に誘うということだった。

櫻木は長い間、独身を通し
浅草では有名なプレイボーイで
浮いた噂はひきも切らずあったが
その実態を知っている人は聞いたことがなかった。
いったいどんな手を使ったら誘惑できるものかと
雅子は自分がしようとしていることに信じられない思いだったが
その時は何も見えず何も考えれないくらい追い詰められていたので
ただただ必死だったのである。

豪華絢爛の花見の会は夕方から始まり
1000坪はゆうにある屋敷の庭には
桜の木が数えきれないほどあった。
桜の花びらが全体に描かれている着物は
雅子を一段と輝かせ数多い芸妓達から抜きん出ていた。
櫻木は政治家や実業家のお客様へ挨拶してまわり
立ち止まる暇もないくらいだった。

それから1時間も経った時、その出会いはいきなり訪れた。
櫻木が目の前に現れたのだ。
『はじめまして『蔦乃屋』の雅子と申します』
『おお、女将さんから聞いてるよ。雅子ちゃんだね。
その桜の着物似合うよ。今日は大事なお客ばかりだから接待頼むよ。じゃ』
と櫻木と話せたのはほんの数秒だったが
その機会を逃したら今日の計画は全部駄目になると
雅子は何気ないふりをしながら勇気を振り縛って行動を起こした。
それは櫻木が雅子とすれ違う時
そっと櫻木の手をにぎりその手の中にメモを渡した。
その一瞬、雅子は芸妓ではなく、賭けにでる女だった。
「この会がお開きになりましたら櫻木さんに折り入ってご相談がございます。
二人っきりでお会いできないでしょうか?」
後は櫻木がどんな反応をするかにかかっていた。

その会も最後のお客様が帰りお開きとなったが
まだ櫻木からの連絡はなかった。
メモは読んで貰わなかったのかもしれないとがっかりしながら
帰り支度をしていた。
『雅子さんですよね?』と櫻木の秘書がどこから現れたのか急に声をかけてきた。
『ええ、そうですけど』
『あの旦那様がお呼びでございます。私の後についてきてもらえますか?』
『えっ?はい分かりました』
雅子はその秘書の言葉が遠くから聞こえてきたような錯覚をした。
まさかあの櫻木さんが私を呼んでいる?
自分から仕掛けたことが現実になるのかと思うと
足の震えが止まらなくなった。
これでいいのだという声と何を考えているのだという声が
頭の中でぐるぐる回りもう足がすくんで歩けなくなりそうだった。

『失礼します』
『おお雅子ちゃんか。今日はお疲れだったね』
『いいえ楽しかったです』
『まあそう硬くならずにここへ座りなさい』
『はいおじゃまします』
そこは屋敷の奥まった部屋で黒の輪島塗の螺鈿細工がされている家具に囲まれ
それは豪華な雰囲気の部屋だったがそんなことを考える余裕がなかった。
『それで私に相談したいことがあるんだろ』
『ええ、まあ』
『佐伯さん、もうここはいいから帰りなさい』
『はい失礼します。明日は棚田様とのお約束がありますので
午前9時にお迎えに参ります』
『わかった。それじゃ』
と秘書の佐伯さんはこれから何が始まるのか分かっているかのように
急いで帰っていった。
『さあ言ってごらん。もう誰もいないよ』
と櫻木は言うなり雅子の隣に移動していきなり雅子の髪を撫でた。
『ええ、私、前から櫻木さんのことが』
『そうか、そうか可愛いやつだなぁ、さあこっちに来なさい』
『えっ』
と櫻木は雅子の手を取り
続き部屋になっているドアを開けると
そこはまた螺鈿細工の豪華なベットが見えた。
そしてそっとその扉が閉まった音は、未来が閉じた音のように響いたが
雅子はこれから始まるその時間は
自分の未来への鍵となるべく時間だと思うように言い聞かせた。

だが想像とは違いそれは未来へ続く時間だったはずが
あまりにあっけなく通りすぎた。

『もう帰ったほうがいいな。女将さんうるさいだろ。
今日のこのことは内緒にしておくんだよ。
これから悪いようにはしないから』
と櫻木は何事もなかったような顔をして
煙草に火をつけた。
『ええ、櫻木さん、私嬉しいです』
『本当に可愛いなあ、雅子はいい女になるよ。
さあもう行きなさい。
玄関にタクシー待たせてあるからそれで帰りなさい。
また連絡するから』
と櫻木は少し眠そうな顔になりひとりになりたいのだと思った。
『じゃおやすみなさい』
雅子は慌てて着物もそこそこに着て
櫻木邸を後にした。
これでいいんだ。これですべてうまくいく。
と何度も自分に言い聞かせたが
なぜか涙が止まらなかった。
私いったい何しているんだろ。

蔦乃屋に帰ると女将さんはもう寝ていた。
そっと起こさないようにお風呂に入り
体中をくまなく洗ったが洗っても洗っても落ちないのは
体よりも、心が何かを失っている気がした。
そして1時間もお風呂に入っていた。
涙も一緒に流してイヤなことは忘れようとするかのように。

桜は散るのが早い。
だが雅子はまだ、それが何を意味するのかを知らなかった。
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