女将さんに正直に話して生んで育てるって訳にはいかないのかしら?』
『ちょっと待ってくれ、女将さんにはまだ黙っていたほうがいいよ。
それでこの話はひとつの案だけど有名な金持ちの独身で
櫻木という人知ってるだろ』
『ええ、お名前だけは聞いたことがあるわ。すごく気難しいお客様だけど大金持ちだという噂ね』
『そうか、名前は知ってる程度なのか』
『三上さん何を考えているの?』
『だから雅子と俺とこの赤ん坊が生き抜くための方法さ』
『まさか、私、櫻木さんと付き合えってことなの?
それで櫻木さんの子供というこにしようという事なの?』
『まあそのまさかで、それがうまくいったらみんなが助かるじゃないか。
でも一度や二度は我慢してもらわないといけないけどな』
『それ本気なの。私が他の男性と関係してもいいの?』
『他に方法ないだろ。じゃこの赤ん坊を諦めるのか?
それならそれでいいさ、でも雅子も言ってたよな。
この世界から脱出するのはどうしたらいいのだろうって。
考えてみろよ、あんな金持ちなんだからどこか家の一軒もあるだろうし
あの年齢だからそんなに執着しないだろ。
それからあの女将さんだぜ。
櫻木の赤ちゃんが出来ましたなんて言ったら
小躍りして喜ぶさ、金儲けできるってさ。
それで女将さんが欲のためにうまく仕切ってくれると思うんだ』
『私、三上さんが分からなくなったわ。
なんか子供の責任を櫻木さんに押し付けるみたいで申し訳ないって思わない?』
『そんな甘いことを言ってたら世の中うまく渡れないよ。
この赤ん坊のためにもお金持ちのお父さんのほうが都合がいいのじゃないか』
『そんなことできない』
また涙が止まらなくなった。
そっと肩に触れた三上の手の温もりを感じた。
『そう泣くなよ。この妊娠を利用して自由を手に入れると考えられないか?』
その言葉は甘い蜜のようでいて、どこか鉄の味がした。
『よく考えてみる。今日はもう帰る』
『くれぐれも女将さんに気づかれないようにしないと』
『わかった。また連絡するわ』
と雅子は三上の表情から真実を探して一瞬凝視した。
だがその三上の瞳は、あの日雅子が見とれた「澄んだ瞳」ではなかった。
三上がいう自由という言葉が耳から離れずにいた。
そうかこの四面楚歌の状態を脱出する方法があったのだ。
でもそんなことが実際うまくいくとも考えられなかった。