【連載小説】第2話 花柳界の波紋

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次の日、女将さんは意を決して櫻木さんへ電話をした。
その電話1本で雅子の運命は大きく動き出すことになるとは
雅子本人は知る由もなかった。

『もしもし櫻木さんお久しぶりです。
私、浅草の蔦乃屋ですが今、よろしいでしょうか?』
『おお蔦乃屋の女将か、珍しいじゃないか?
どうしたんだね』
『ちょっとお話したいことがあって一度お会いできませんか?』
『何か知らんが電話じゃだめか?
こう見えても貧乏暇なしでな』
『櫻木さんのためにお会いしたいと思うのですが、、、いかがでしょうね?』
『そうかぁ、何の話か知らんがまあ少しなら時間が作れそうだから
今夜8時に蔦乃屋さんへ行くとしよう』
『8時ですね。ぜひお待ちしてますわ』

浅草の置屋さんは当時数十軒もあり
その管轄が見番といって組合のようなものである。
そこでお線香代1本分いくらにするといったような
協定を結ぶのだ。
だからどの芸者さんを呼んでも相場が決まっていた。
ただ直接の心付けは別勘定だったので
そこは芸者の腕の見せ所だった。
ちなみに 「お線香代」というのは時計のないころにお線香1本が
燃え尽きるまでの時間の料金という意味だったらしい。

『蔦乃屋』は今の女将さんで3代続く置屋だった。
お抱えの芸者さんは3人で一番若いのが雅子だ。

雅子は多摩の寒村の生まれで2人兄弟で下に弟が1人いた。
雅子がまだ幼い頃に両親が離婚して母親が雅子を引き取り
弟は父親が引き取ることになった。
色白で目鼻立ちがはっきりしていて
大人になったらさぞ美人になるだろうと
村中の噂だった。
その噂を聞きつけたのか、
ある日浅草を中心にしている
女衒まがいの男が突然現れて
ぜひ雅子を芸者にと言ってきた。
母親はその日食べる物も心配するような生活だったので
背に腹は変えられないと泣く泣く雅子をその男に託したが
何も知らない雅子は華やかな世界に行けると母親の涙の意味も分からず
東京行きの電車に乗った。
そして蔦乃屋の住み込みの芸者となったのだ。
当時は雅子のような女性はそう珍しくもなかった。
芸者は芸を売るのが商売と
芸を磨くことが一流の芸者だと蔦乃屋の女将は
常日頃から言い聞かせた。
だから男性とのことなどご法度もいいところだったのだが
妊娠を告げて相手がサーさんだとわかると
おかあさんはなぜか嬉しそうだったのはどうしてだろうと
訳が分からなかったが身動きできない環境の中で
おかあさんに身を任せるしかないと諦めていた。

『あらいらっしゃませ。サーさんお久しぶりですね』
『おお、女将があまり怖い声を出すものだから
何かあったかと思ってな』
『まあまあその前にビールを一杯いかがですか?
今日は暑いしキンキンに冷えたビールをご用意できますよ』
『いや、申し訳ないがそうする時間がないんだよ。
すぐに行かなくちゃいけない会合があってな。
話は手短に頼むよ』
『そうですか。実はうちの雅子のことで、、、』
女将はわざとじらすような言い方をした。
その瞬間、櫻木の目が一瞬動いたのを見逃さなかった。
『ああ雅子ちゃんか、元気にしとるか暫く顔見てないが』
『元気は元気ですけど最近変なこと言い出してきたんですよ』
『ほう』
『妊娠したって』
いきなりストレートパンチのように言った。
『妊娠?まだ20歳だろ。それがどうしたんだ』
『あらサーさん身に覚えはないですか?』
『何をいきなり無礼な!俺が妊娠させたとでも言うのか?』
『うちの雅子は男さんを知らずに育てましたから
以前サーさんのご自宅で桜のお花見パーティの後
雅子の変化にこの私が気づかないとでも思いますか?』
『。。。』
『お相手がサーさんならば申し分ありません。
だから今まで黙ってましたが
妊娠となると話が違ってきます。
この始末どうとって貰いますか?』
『うーん。そうかぁ、雅子が妊娠したか?
女将やはりビールを頼むよ。
今夜はここで長くなりそうだからな』
『そうこなくちゃ。今用意しますからお待ちを』

櫻木は都内でも有数な資産家で
戦前は貴族だったとの噂もある。
山の手の豪邸に住み
その実態はあまり知られていなかった。
一度は結婚をしていたこともあると噂で聞いていたが
何の理由か今は独身でもあった。
先代から浅草の花柳界では有名な家系で
櫻木さんを射止める女性は誰だろうと
噂には事欠かないという人でもあった。
その櫻木さんの子を宿したということが表に出れば
浅草花柳界に激震が走り大騒ぎになるのは必然だった。
そして雅子の妊娠はやがて浅草中を揺らすことになるのはもはや時間の問題だった。
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