【連載小説】第1話 声にならない約束

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ここは中央区にある有名な病院の特別室。
財界人や政治家または著名な芸能人など、
かなり限られた人しか入れない特別室には
他の病室とは切り離されその入口は常に遮断されていて
関係者以外は入れない。
病院の聖域ともいわれる場所であった。

雅子の最愛のひとり娘、萌は全身を管に覆われ
生命を維持するための医療機器が作動していた。
5年前に智史と約束した銀座へ
お洒落をして意気揚々と出かけた矢先
暴走する車に轢かれたのだった。
自発呼吸が出来なくなり気管を切開したために
声を出すことも出来ずにいた。
ただ許されるのは僅かに動く手で
メモ用紙に気持ちを伝えることだけだった。
それも震える手で文字にならない文字で
何枚も何枚も書き続け病室はメモ用紙で溢れた。
そして最後の文字は『さ と し 待っててね』と
声にならない約束を書いた。
それから数時間後、深い絶望の中
萌の願いは智史に届くことはなく
ある寒い日に人生の幕が降りた。

『雅子、ちょっと来てくれない?』
『はい、すぐ参ります』
『あんたね、昨日のお座敷で何したか分かってるの。
大事なお客様の接待だというのに急に気持ちが悪いとかで
席を立ってそのはずみで熱燗こぼして
そのお客様にやけどさせたって女将さんもうあなたは出入り禁止だって言ってたわよ』
『すみません。急に気持ち悪くなってそのはずみで』
『言い訳なんて聞きたくないわ。うちの信用ってもんがあるのよ。
あんたお酒飲みすぎたんじゃないの?
飲んでいただくのが私達の仕事よ。
飲まれてどうすんの』
『本当にすみません』
『まあ今回は火傷と言ってもたいしたことがなかったみたいだから
謝っただけで済んだけど悪くすれば慰謝料を請求されて大変なことになったかもしれないのよ。気をつけてちょうだい』
『はい、気をつけます。すみませんでした』
雅子はこのタイミングでおかあさんに言っていいものなのか躊躇したが
今言わなければ大変なことになると勇気を出して言った。
『あの、それでちょっと』
『また何なの、私これから見番で集まりがあって行かなきゃいけないのよ、
話ならまた後にしてくれない?』
『いや、あの、それが』
『もうわかったわ、何なの?何があったの』
『私、お腹に赤ちゃんが出来たみたいで』
といきなり本題に入った。
『ええ!妊娠したの?雅子!何考えてるの?
あんたまだ20歳なのよ。いったい誰の子なの、その赤ん坊の相手は?』
『・・・』
『言いなさい!私はあんたを預かってる責任があるの。
このままじゃ済まされないのよ。
言わばあなたはここの商品なの。
その商品を傷つれられちゃ黙ってられないでしょ。さあ言うのよ』
『それがサーさんです。
以前サーさんのお宅でお花見の会があって
桜の柄の着物で行ったことがありましたよね』
『ああ、年に一度の豪勢な花見で雅子が初めてお呼びがあった日だね』
『ええ、あの時どういう訳かお開きになった後
サーさんに呼ばれて2人っきりでお食事した時、高級ワインだからと
何杯も勧めれて酔ってしまったのか急に眠くなって気がついたら』
と雅子は今まで誰にも言えなかった辛さから開放されたように
涙が止まらなくなった。
『まあまあ、泣かないの!
あの堅物のサーさんが?本当に間違いないの?
これは大問題だよ。
あんたはまだ若いから分からないかもしれないけど
サーさんなら相手に不足はないわ。
どうなの?間違いないのね?』
『はい、絶対間違いようがありません。
私、サーさんしか知らないですから。
このことは誰にも言うなと言われて
おかあさんにも黙ってました。すみません』
『そう、そうだったの。サーさんが初めてだったの、
妊娠したことをサーさんに話したの?』
『いえ、まだ言ってません。
お医者様へ行ってちゃんと診断してもらってから
ご相談しようかと思ってました』
『それなら私に任せない。
あんたはもう何も心配しなくていいから部屋で休みなさい。
体に障るといけないから、お座敷も暫くは休んだほうがいいわね。
明日にでも私の知り合いの産婦人科の病院へ連れていくから
そのつもりでね』
『はい、宜しくお願いします』
と雅子は自分の部屋へ戻った。

ここは浅草にある『蔦乃屋』という芸者の置屋で
女将さんは60歳も過ぎ、この界隈の主のような人であった。
そして雅子はまだ半玉さんでこれから売り出そうかという時に
いきなり妊娠という話で女将さんも最初は驚いたが
お相手はサーさんだと聞いて
この妊娠は幾らくらいの価値があるのか
自然に笑みがこぼれた。
金運はある日、棚から降ってきたようであった。

こうして浅草の花街では前代未聞の高額な駆引きが始まろうとしていた。
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