ー受けることから、整えることへー
こんばんわ、れいです。
今日、タロットの一枚引きをしていたら、
Temperance(節制)が出たんですね。
今日の話は、そこから始めようと思います。
僕には、幼稚園の頃からずっと一緒の幼馴染の女性がいて。
もう完全に腐れ縁なんですが(笑)
そのカードを引いたとき、
なぜか彼女との若い頃のことが
ふっと蘇ってきたんです。
当時、僕は心理学のカウンセリング
のトレーニングを受けていた頃で。
彼女とよくファミレスで話し込んでいたんですよね。
恋愛のこと、仕事のこと、
その日にあった嫌なこと。
言葉になる手前で止まっているような、
輪郭のない不安みたいなもの。
気づけば十時間以上、同じ話が螺旋を描くように戻ってきながら、
それでも会話が終わらない、みたいな夜が何度もありました。
僕は、トレーニングを受けていたこともあって、
自然と聞く側に立っていたんですね。
感情を急いでまとめない。評価しない。まず受ける。
今にして思えば、あの頃の自分って、
Ace of Cups そのものだったなあと思うんです。
Ace of Cups は、受ける器のカード
溢れてくるものを、こぼさずに受け止める。
まだ整理されていない気持ちを、形のまま抱えておく。
人って不安定なとき、本当に必要なのって
「答え」じゃないことがあるんですよね。
それよりも、
ちゃんと話せること。
話したことを途中で切られないこと。
そこに、受け止めてくれる誰かがいること。
そっちのほうが、先に必要だったりする。
彼女も、結論が欲しかったわけ
じゃなかったと思うんです。
ファミレスのあの席に座って、
話して、聞いてもらえる。
その状況そのものに、居場所を
見つけていたんじゃないかなって。
恋愛の悩みって、
特にそういうことが多いかもですよね。
ただ、後から振り返るとあの時間には
少し引っかかるものも残っていて。
友人って本来、もっとざっくばらんで、
対等で、雑なものでもあるはずなんですよ。
なのに、聞く・受け止めるという
構えが強く入りすぎると、
そこに非対称性が生まれてしまう。
友人でありながら、どこかカウンセラー
みたいな立場になってしまう。
それが悪いわけじゃないんですけど、
どこかフェアじゃない感じがあったんですよね。
何かが足りないのだろうな、、
と思っていたんですよ。
受け止めることはできていた。
でも、混ざり合ったものをどう整えるか。
相手の力を奪わずに、
少し先が見える形にするには
どうすればいいか。
そこまでは、まだ見えていなかったんです。
恋愛の不安が厄介なのって、
それが単体で来ないからだと思うんですよ。
寂しさ、期待、怒り、怖さ、
まだ信じたい気持ち、
もう疲れたという気持ち。
それが全部いっぺんに、
渾然一体として押し寄せてくる。
だから「彼の気持ちが知りたい」
という一言にまとめるしかなくなる。
問いはシンプルに見えるけど、
その裏には整理しきれない感情の地層が積み重なっている。
自分でも、何がいちばん苦しいのかわからなくなる。
それって、すごくしんどい状態だと思うんですよね。
曖昧なまま放置された不安って、触れることすら難しい。
何に傷ついているのか。
何を恐れているのか。
本当は、何を願っているのか。
それが少しでも輪郭を持ち始めたとき、
ようやく不安は「扱えるもの」に変わっていくんです。
占いと出会って、
面白いなと思ったのは、まさにそこでした。
占いって「当てるもの」だと思われやすいですよね。
それは間違いじゃないし、四柱推命は実際よくできていて、
人生の大きな流れや時期を読むには
本当に優れたツールだと思っています。
でも、それだけじゃないんですよ。
タロットには、曖昧なものにひとまず器を与える力がある。
そして特に Temperance には、
受けるだけでなく、整えるという意味があるんです。
あの二つの器のあいだで水が行き来する図像、
見たことがある方はわかると思うんですが、
あれって単に「優しく受け止めています」
という絵じゃないんですよね。
混ざり合ったものを往還させながら調整して、
強すぎるものを和らげ、散漫なものに流れをつくっている。
Ace of Cups が「受ける器」なら、
Temperance は「整える器」。
昔の自分は、ひたすら受けることに寄っていた。
でも今は、それだけでは足りないとわかる。
恋愛の不安に必要なのって、
受け止めてもらうことだけじゃなくて、
混ざって見えなくなっているものを
少しずつ分けて、流れをつくることでもあるから。
恋愛で揺れているとき、
人ってすぐに結論を求めてしまうじゃないですか。
脈があるかないか。
待つべきか、離れるべきか。
進むべきか、やめるべきか。
でも、本当に苦しい夜ほど、
いきなり答えを出そうとしてもうまくいかないことがある。
そういうときに必要なのって、
答えの前に、まず何が起きているかを見ることだと思うんですよ。
自分は今、寂しいのか。
傷ついているのか。
期待を手放せないのか。
それとも、ただもう疲れ果てているのか。
それが少し見えるだけで、
心の中はずいぶん静かになる。
同じ状況の中にいながら、
さっきより落ち着いて考えられるようになる。
人生の大きな流れという文脈を照らしながら、
タロットが今この瞬間に揺れている感情に形を与える。
その二つが重なるとき、占いは「当てるためのもの」
を超えて、現実の中でちゃんと使えるものになると思うんです。
今日、Temperance を引いて、
改めてそんなことを考えていました。
あの頃の自分は、Ace of Cups の段階にいた。
それはそれで必要な時間だったと思います。
受けることを、身体で学んだ時間だったから。
でも、そこから一歩進むなら、
求められるのは整えることなんですよね。
ただ話を聞くんじゃなくて。
ただ当てるんでもなくて。
混ざり合った感情に流れを与えて、
次の一歩が見える場所まで、静かに見据えること。
答えがほしい夜に、
人が本当に必要としているのって、
答えだけじゃないことがある。
その奥には、形のない不安を、
少しでも扱えるものにしたいという気持ちがあると思うんです。
占いは、その器になれる。
受けるだけじゃなく、Temperance のように、整える器に。
というお話でした。
最後まで読んでくださりありがとうございました😊