(1)問題
次の文章を読み,あとの設問に答えなさい。(100点)
では,そもそも「文化」とは何でしょうか?
① 「文化」はあまりにも広く深い概念ですが,ここでは,ごくかんたんにおさえておきます。
② 日本語の「文化」の語源は,中国由来の「文治教化」。すなわち,刑罰威力を用いずに文によって民を教化することを意味します。ほかにも,あらゆる物事や眼にみえない事柄を言語化していくこと,「文」章「化」していくことなど,「文化」という言葉の意味するところは幅広いものがあります。
③ 年号としての「文化」は,江戸時代後期,西暦では一八○四年から一八年にあたる時期で,のちの「文政」と合わせて,文化・文政時代と呼ばれます。
④ 近代以降は,英語の「カルチャー」に相当する翻訳語としての「文化」がふつう用いられますが、これは,大正時代に,ドイツ語の「Kultur」から日本に導入されたもので,西欧語の「カルチャー」は「耕す」「培養」などの意味を持つ言葉です。「文化」が「耕す」という言葉からきているというのは,「未来に花を咲かせるために種をまくこと」「未来のために耕すこと」を現代における文化の目的と考えると,わかりやすいかもしれません。
⑤ 文化を「耕すこと」とするならば,すべての出発点は「土」にあります。ぼくたち陸に生息するすべての生命は,忘れられがちですが,土がなければ生きられません。
では,土_とは何か?
⑥ 作家の星野智幸は著書『植物忌』のなかで「土は,生きている微生物や虫と,枯れた植物の体や虫の死骸,排泄物,それに鉱物などの無機物からできている。生死が渾然一体に混ざって区別のつかない,生きていることと死んでいることのトワイライトゾーンだ」と,いかにも作家らしい表現をしています。
⑦ 土は,生命を育むだけでなく,あらゆる文明の寿命を決定するほどの役割を担っていると主張するのは『土の文明史』の著者デイビッド・モントゴメリーです。「ざっとみれば文明は束の間である――発生し,しばらくは栄え,衰える」「かつて繁栄した文化が終末を迎えた原因として,歴史学者は多彩な容疑者を挙げる。例えば病気,森林破壊,気候変動などだ。(略)しかし社会と土地との関係(略)も,文字通り基礎的なものである。土地が支えられる以上に養うべき人間が増えたとき,社会的政治的紛争がくり返され,社会を衰退させた。この泥の歴史は,土壌の扱いが文明の寿命を定めうることを暗示している」と彼は書いています。つまり軽視されがちな「土地」こそが,じつは文明の寿命を決めているというのです。土(humus)から人間(homo)は生まれ,そして,死ねば土に還る。
⑧ すべての生物は「死んで土に還る」といいますが,ラテン語の「人間(homo)」が「土(humus)」と同じ語源を持つ言葉であるように,命の生死が渾然こんぜん一体いったいとなったものが土だとすれば,人間にとって哲学上の最大の謎である「生と死」の問いの答えは,文化としての「土」のなかにあるのかもしれません。土は人類の文明の寿命を支配し,生死の世界を包み込む,まさにすべての文化の根源であり,文化の土台でもあるのです。
⑨ ところで,ぼくは「ブラタモリ」というNHKの番組が好きでよく観ますが,主役のタモリがさまざまな土地をめぐり歩くなかで,彼がよく口にする「土地には記憶がある」という言葉がとても印象に残っています。たとえ時代が変わり建物が変わろうとも,土地には記憶があり,それをとどめている。
土地に記憶があるように,文化にも記憶がある。
⑩ 日本には「俳句」という優れた文化があります。わずかな文字数のなかに独自の世界観・宇宙観の広がりを表現する俳句が,いま世界で注目されているのはなぜか? 『芭蕉の風景文化の記憶』の著者ハルオ・シラネによれば,それは「俳諧の、風景は(略)文化的記憶(cu1tural memory)の貯蔵庫」であるから。土地に記憶が残るように,言葉にも記憶が残る。それが,文化なのです。
⑪ 人は土から離れては生きていけない。この言葉が「文化とは何か」をもっとも的確にあらわしているように思えます。
⑫ ここからは,あえて「文化」と「文明」を対比させてみたいと思います。どこか似たような意味で用いられているこのふたつの言葉を比べてみることで,文化とは何か? がより鮮明に浮かびあがってくると思えるからです。
「文化」とは,土に向かおうとすること。「文明」とは,土から離れようとすること。
⑬ ぼくは「文化」と「文明」について,このような考えを持っています。陸に生きるすべての生命の営みの基盤が「土」「大地」であり,文化はそれを「耕す」ことから起こるのであれば,土から離れては文化そのものも成立しないといえるのです。
⑭ 人はとかく,美しく咲く花そのものに目を奪われがちです。けれども,その美しい花は,茎がそれを支え,その茎がしっかりと土に根を下ろしているからこそ咲けるのだということを忘れてはならない。「文化」とはそのように「土に根を下ろし」て「花咲く」ものであり,土とともに生きることだと,ぼくは思います。
⑮ けれども自然や土は,人間や生命を育み,養ってくれるだけではありません。自然の力はあまりにも強大で,ときに暴力的であり,台風,地震,津波など,牙をむいた自然の脅威のまえに人間など無力であることを,ぼくたちはいやというほど知っています。
⑯ 緑の美しい草むらでさえ,肌を傷つけられ,虫に刺される。これも自然なのです。自然の脅威からいかに身を守るか。かつて人類は,_土で住む家をつくりました。それが木になり,コンクリートとなり,鉄になっていった。このようにしてどんどん土から離れていくことが,文明の進化でもあった。大地を疾走し,土から離れて大空を飛び,ついには地球からも離れて宇宙空間を漂う。テクノロジーと結びついた「文明」は「土から離れて生きる」ことを意味する言葉でもあったのです。「文明が土から離れる」とはいっても,古代文明の時代は,まだコンクリートも鉄もなく,土や木だけだったではないかと思われるかもしれませんが,それでも人類の文明は「バベルの塔」や「ノアの方舟」など,より高く,より遠くへを目指しました。それも土から離れるということです。それに,より速く,より多くが加わって,近代文明になっていく。
⑰ 人間が快適に暮らすために,あえて「土」から離れて生きることを必要をとした。自然から生きるための糧を得て,自然や環境をたとえ破壊するものであっても,人類は「土とともに生きる文化」と「土から離れて生きる文明」というふたつを必要としたのです。
⑱ 宮崎駿はやお監督の長編アニメ映画『天空の城ラピュタ』に,「文化」と「文明」を対比させた象徴的なシーンがあります。高度な文明とテクノロジーによって,かつて天空から地上を支配した空に浮かぶ要塞都市ラピュタは,なぜ滅亡したのか? その理由を,主人公である少女シータが,このように訴えるシーンです。
⑲ 「今はラピュタがなぜ亡びたのか,私,よくわかる。ゴンドアの谷(少女が生まれ育った故郷)の歌にあるもの。土に根をおろし,風とともに生きよう。種とともに冬を越え,鳥とともに春を歌おう。どんなに恐ろしい武器を持っても,たくさんのかわいそうなロボットを操っても,土から離れては生きられないのよ。」(映画『天空の城ラピュタ』)
⑳ シータは,ラピュタを支配した王族の末裔まつえいでした。彼女の祖先は文明だけを発展させても土から離れては人は幸せに生きられないことを悟り,テクノロジーの要塞であった天空の城を捨てて,王族である証を封印してまで土とともに生きることを選び,その教訓を歌にして子孫に伝えていたのでした。
21 この天空の城ラピュタを「文明の象徴」とし,土に根を下ろし,風とともに生きることを選んだラピュタの一族を「文化の象徴」としてみれば,あらためて「文化」の重要性が浮かびあがってくるのではないでしょうか。
22 「文化」と「文明」のどちらもが人類に必要であることはいうまでもありませんが,現代社会の諸問題は,人類があまりにも「文明化に走り,それを経済活動に結びつけて加速させてしまったために,「文化」とのバランスを忘れてしまったことにあるのではないか。文明は生活を便利にするが,文化は人を豊かにする。それを忘れてはならないと思います。(出典:浦久俊彦『リベラルアーツ「遊び」を極めて賢者になる』集英社,二〇三二年,ただし,出題にあたり,全体の趣旨を損なわない範囲で一部省略し,変更を加えた。)
設問
文章の内容を踏まえて,「文化」と「文明」の違いについて,あなたの考えを1000字以内で述べなさい。
(2)解答例
文化とは、土を耕し「土とともに生きる」もの。土すなわち大地は「母なる大地」と呼ぶように、命あるものの根源である。動植物を育み、私たち人類も大地の恵み無くしては生存することはできない。文化とは、大地すなわち自然との共生のあり方を指す。
一方、文明とは「土から離れて生きる」こと。高いビルディングを造り、高速道路を自動車が走行し、やがては飛行機やロケットで空を飛び、宇宙空間に飛び出してゆく。近年発達が目覚ましいクラウド空間でのインターネットに代表される情報通信技術もまさに文明の到達点である。
近年、土を耕す農業を中心とする第一次産業は後退し、従業員数や国民所得比で第三次産業の産業分野に占める比率が高まっている。このような状況は産業の進化の必然の道ではあるが、人間の食を支える農業が衰退することによって文化は消滅の危機を迎える。春秋の日本の祭りは農作物の収穫を祈り、神に感謝するものである。神楽や田楽能などの日本の伝統芸能は農業の衰退とともに担い手が減り、やがては断絶する。
映画やゲームといったデジタル技術を用いた文明としての娯楽は近年隆盛を見ている。こうしたいわばヴァーチャルな娯楽は、大地や自然からますます離れてゆく。こうした技術は眼と脳に特化してゆき、その極めつけが人工知能ということになる。これはまさに文明の利器として一世を風靡している。
その一方で、生身の肉体(アナログ)で表現される、文化としての踊りや伝統的な歌謡は日本だけでなく消滅の危機に瀕している。これらは土壌と同じように長い時間をかけて醸成された資源であり、人類の財産である。こうした財産の喪失を食い止めるために、もう一度農業の多面的な機能に注目してゆくことが望まれる。いまAIやロボティクスなどの最先端技術に若者の目は向けられている。だが、もう一度農業などの第一次産業の重要性に注目して、人材確保に向けた方策を講じていくことが、日本の文化を守ることにつながってゆくのではないか。(851字)
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