「未病を治すことの意義」産業医科大学2020年

「未病を治すことの意義」産業医科大学2020年

記事
学び

(1)問題



①  個々のDNAには寿命の終点までの設計図が用意されているが,それを現実化するためには生命力という根本パワーが欠かせない。このパワーの存在ならびに存在状態は,生命力における以下の六つの能力に影響を及ばす。



運動能力

抗疲労能力

老化緩和能力

抗病能力

闘病能力

健康回復能力



②  人間には代謝を行う特質があるため,これらの能力が備わっている。歩き,走り,疲れたら休憩して元気を回復する。老化を緩やかにする能力も持っており,病気になったら薬を飲んで静養すれば治るし,風邪の流行中でも感染しないこともある。再生できない臓器もあるが, 肝臓は五分の一まで切除しても元に戻る等々は,生命力という生存能力が存在する証拠である。

③  しかし, ここで大事なことは,これらの能力には個人差があるということ,また生まれ

つきの要素だけでなく, 後天的に養うことができるものもあることである。

④  かくして人間は生命の旅を前進していくが,そのレールから脱線する場合がおおむね二

つある。ーつは疾病でもうーつは事件,事故による損傷である。

⑤  現在では,疾病による生命の脅威を解消させるには, 「医」という専門職が「薬」を用

いて対処,解決するのが一般的通念になっている。しかし,古代から現代まで通してみても,医薬の力ですべての疾病を治せるわけではない。また病気になりたくないという一般的通念もあり,医薬の業界でも昔から,病気になるとやむをえず薬で治すが,そもそも疾病にならないために「養生」を工夫すべきであるという主張もある。



(中略)



⑥  養生は未病と関わるところが多い。唐代の医者・道士である孫思遞そんしばく(581~682年)は多くの医学書を著して医神とも敬われたが,その著書のうち『千金要方」(巻27 )に次のような用例がある。彼は疾病を「未病」「欲病」「已病」に区別し,「医者は疾病が発生する前に直すべし。軽い時期に直すべし。有事至る前に解消すべし」とした。



⑦  著者の主張は今でも通ずるものがあると思われるか, 以下,「未病」をどう考えるべきか,考察してみよう 。

⑧  未病を治すという概念は,三つに分けて考えることかできる。



1疾病形成の前に予防する。内因・外因の両方に着手して疾病の発生起因を解消する。

2.病変の拡大の阻止。病変した部位から病変してない部位への影響を予防,阻止する。

3.病変の再発予防。



⑨  伝統的中国医薬学においては,このような未病の定義と概念が存在し,未病を治す思想の基礎となっている。



⑩  「未病を治す」という基礎理念を実現するには,医者の診断能力において洞察性,探求性を高度化させ,学識・経験を積み重ねることが必要とされるだけでなく, 実際に問題を発見し,解決する能力を持つかどうかが間われる。



⑪  東洋でも西洋でも医者に共通する使命が病気の治療であることは言うまでもなく,已病を治すということの原理上,大きな違いはない。しかしながら,未病に対する診断・処置について共有できている点は,いまだ少ないのが現状であろう。



⑫  いまひとつ視点を変えて考察してみよう。自然界には,晴れ,曇り,雨という現象がある。ここで晴れを健康,雨を疾病とし,体内の異変の始まりを曇りと見れば,曇りの現象を「未病」と考えることができる。体内の異変は始まっているが,病変まで確認できるほどではない。



⑬  しかしこの状態を放置すると,雲が濃厚となり,疾病に近づいていく。条件を変える努力をして雲が浅くなれば,健康に近づいていく。「未病を治す」ことの定義はむずかしいが こでは,曇りを変化させるこの努力をもって,「未病を治す」ということの理解のために,比喩的に提起しておこう。



〔謝心範著「養生の智慧と気の思想:貝原益軒に至る未病の文化を読む」講談社選書メチエ( 2018) 18 ~ 22頁より引用一部改変〕



注釈

*「上医医未病之病,中医医欲病之病,下医医已病之病」 (上手の医者は未病を治す,一般の医者は病気になりかかったところを治す,下手の医者は病気になってから治す。)



設問1  WHO憲章の前文で,「健康」は次のように定義されています。下記の文を和訳しなさい。



Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

(infirmity .虚弱,病弱)



設問2 医学が大きな発展を遂げている現代日本において,「未病を治す」ことの意義にいて,あなたの考えを400字以内で述べなさい。

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(2)解答例



設問1



健康とは、病気ではない、弱っていないということではなく、肉体的、精神的、社会的にすべてが満たされた状態にあること。



設問2



 日本の医学の発展には大きく分けて2つのファクターがある。第一に治療法・治療技術、第二に検査機器・診断法の両面にわたる発展・向上である。



 高齢化が進展している現代社会において生活習慣病に罹患する患者が増えている。生活習慣病は完治が困難であり、発病した場合には対症療法や病気の進行を遅らせる方法しか手立てがない。また深刻化すると本人や看病する家族の負担が高まる。したがって生活習慣病の対策としては予防が大きなポイントとなる。この疾病を考えるとき、まさに「未病を治す」という言葉が多いに参考とされる。



 予防には生活習慣の改善に加えて、早期発見・早期治療の重要性が指摘される。検査機器・診断法が目覚ましい発展を遂げたいま、国民の健康診断、がん検診の受診率を高めることが「未病を治す」うえで大きなカギとなる。受診の啓発に向けた情報発信も医学に携わる者の大きな努めと考える。(394字)



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