(1)問題
次の文章を読み、設問に答えなさい。
① 近ごろ、豊かな自然のなかで作品展示が行われる芸術祭が各地で開催されているようだ。そこで主催者がしばしば耳にする言葉は「あれも作品ですか?」らしい。地元のオッちゃんから「これが作品なら、あれだってアートだ」などと、本漏れ日のなかキラメいて揺れる蜘蛛の巣を指さされることもあるという。想像しただけでも美しいではないか。筆者など「そのとおりだ」と素直にうなずいてしまうことだろう。そういう目をもってすれば、なんだってそれらしく見える。こうしたイヴェントに参加すると、それまで当前のように思っていた自分の感覚に戸惑いを覚える。むしろ、そんな美意識の攪乱(かくらん)を自ら楽しむこと自体が、その目的ではあるのだろう。そういえば勤める大学のキャンパスの一角にガレキが積み上げられているのを美術学部の作品発表かと勘違いしてじっと見ていたことがある。「先生、それ本当に廃葉物です」とやってきた学生にいわれても半信半疑だった。立ち入りを規制するロープにさえも、なにかメッセージが込められているかに思えていたからだ。芸大などという場所は、そもそもが世間から隔絶された異空間だ。深読みすればそのへんに転がっているゴミだって作品に見えてくる。あらゆるモノや事象が芸術となる可能性をもった時代をわたしたちが生きていることに間違いはなさそうだ。
② 音楽についていえば、この世を満たす音響現象はすべて芸術たりうる。それはかのジョン・ケージ(一九一二~一九九二)作曲「4分33秒」(一九五二年)を聴けば(?)一目(聴)瞭然だ。楽譜に音符は書かれていない。奏者はただ楽器の前にいるだけだ。しかるに、ステージからはなんら音の発せられないそのあいだ、聞こえてくる音響全部が彼の作品だ。それはひとびとの呼吸する音であり、しわぶきであり、ざわめきであり、椅子のきしみであり、空調の唸りであり、外を通る車のノイズであるかもしれない。奏者がいっさい音を出さないこと訝(いぶか)しむ聴衆に対する「本当にあなた方は何も聞こえないのですか」という問いかけそのものが、彼の芸術活動だ。
③ 余談だが、じつは無音の音楽(?)を最初に書いたのはケージではない。彼よりも三二年早く音のない音楽(?)に気づいた人物がいる。エルヴィン・シュールホフ(一八九四~~一九四二)というプラハ生まれのユダヤ人作曲家だ。一九一九年に発表された彼の「五つのビトレスク」というピアノ小曲集第三曲「未来に」と題されたその由は、全三〇小節があらゆる種類の休符と感嘆符、疑問符等の記号、そして顔文字のようなものだけで埋められていた。一音も発せられないにもかかわらず右手は三分の三拍子、左手は一〇分の七拍子と指定もされている。そのうえ楽譜の冒頭には「常に表情豊かに感情をこめて自由に歌うように……」(『シュールホフフルートとピアノのためのソナタ』音楽之友社)との指示まである。これほど演奏困難な音楽はあるまい。彼はほかにも女性のあえぎ声と水の流れる音だけの「ソナタ・エロティカ――男たちだけのために」などという曲(?)を発表するなど、第一次世界大戦後、世界の虚無をアートにした音楽家だ。ナチスの悲劇に巻き込まれさえしなければ、戦後新たな音楽シーンを創り出す才能となったに違いない。
④ 筆者は「それが一聴して音楽と認識できないものを音楽とは認めないという立場ではある。
⑤ しかしながら実際には、当初ランダムな音響の連続としてしか捉えられなかった音現象が、なにかをきっかけに音楽として聞こえてくることがある。「ソナタ・エロティカ」だって聴きようによってはたしかに音楽に聞こえなくもない。自ら演奏する場合など「これを音楽とは認めがたい」と、いやいや譜読みをしていた作品にもかかわらず、突如その響きが音楽として現前する瞬間さえある。
⑥ 機械的、無機的に作曲されたはずの、偶然性と十二音技法を組み合わせた日本人作品のなかから、きわめて日本的な情緒が立ち昇ってきて驚いた経験がかってあった。それもなぜか、古代の日本が大陸から盛んに文化的影響を受けていた時代の匂い(知っているはずはないのだけれど……)に幻惑されるような感覚だった。なんら脈絡のない(と思われる)音の連続であっても、条件が整えばそれを音楽と感じるセンサーがひとには備わっているようだ。
⑦ もちろん最後まで雑音と無意味な信号音が連続する「自称芸術」としか評価のくだしようのない作品もたくさん経験してきた。もしかしたら、そうしたものであってもセンサーの感度が上がれば、それを音楽として認識できるときが訪れるのかもしれない。
⑧ いまや芸術と非芸術の境界は個人的な感覚のなかでさえ、曖昧なもののようだ。
⑨ おそらくそれは「芸術とは何か」、裏を返せば「どうすれば芸術でなくなるのか」という、問題提起自体が芸術となりうる時代の混乱がもたらしたものだ。
⑩ その意味で、ケージ、シュールホフの作品などは音楽に対する価値観の転換を図ったものにほかならない。おそらくそうした考えの先駆となり、新しい時代の新しい芸術のあり方に、誰よりも果敢に挑んだのが、美術家マルセル・デュシャン(一八八七~一九六八)ではなかったか。
⑪ 一九一七年に発表された彼の「泉」を嚆矢(こうし)として、芸術への挑発的な問いは発せられた。どこにでも売っている(いや、どこにでも売ってはいないけれど、しかるべきところにさえ行けば簡単に手に入る)男性用小便器に、デュシャンの手によって〈R.Mutt 1917〉とサインされたそれは、ニューヨークにおける「第一回アメリカ独立美術家協会展」に出品されようとしていた。彼が架空の人物リチャード・マット(Richard Mutt)氏になりすまして展覧会に応募したのだ。審査なし、年会費と出品料合わせて六ドルさえ払えば、誰のどんな作品であっても展示する、というのがその展覧会の売りだった。ところがその作品「泉」は「不謹慎」を理由に、ひとびとの目に触れることはなかった。内覧会オープンに残すところ一時間となるまで、これを展示するかどうかで内部では侃々諤々(かんかんがくがく)の議論があったという。審査基準はなかったにもかかわらずだ。展示拒否の結論に協会理事の一人でもあった本人は抗議の辞任をする。
⑫ その後彼は、自ら発行する小雑誌に以下のような文章で、協会の決定に反論を試みる。この展覧会には六ドルを払えば、アーティストは誰でもその作品を展示できるという。リチャード・マット氏は泉を送った。しかしこの作品は議論されることなく姿を消し、展示されなかった。マット氏の泉は何を根拠に拒否されたのか――
1.ある者は、それは不道徳で、下品だと主張した。
2.他の者は、それは剽窃(ひょうせつ)で、単なる配管設備だ、という。さて、マット氏の泉は不道徳ではない。浴槽が不道徳でないのと同じで、ばかばかしいはなしだ。それは誰でも毎日配管設備店のショーウィンドウで見ることができる。
マット氏が自分の手でそれを作ったかどうかは重要なことではない。彼はそれを選んだ。彼は平凡な生活用品を取りあげ、新しい題名と視点のもとに本来の実用的な意味が消えるようにした――そう、あの物体に対して新しい思考を創造したのだ。(『百年の《泉』》、筆者訳)
⑬ つまり彼は、自分の手で何かモノを作るのではなく、思考を創造することをもって芸術とした。まさにコンセプチュアルアートの先駆けがこの一連の事件(?)といえる。
⑭ デュシャンは美術家のひと言ではくくれない二〇世紀を代表する芸術家だ。彼は画家から出発したものの、ひと言でいうなら芸術という分野に「何でもあり」を持ち込んだ元祖といってよかろう。便器はもとより、モナ・リザの複製画に髭を描き加えたり、やはりどこにでも売っているコート掛け(タイトル「罠」)や瓶乾燥機を作品とした。はたから見れば「やりたい放題」だ。新しい時代の芸術(運動)は便器が芸術となったその瞬間から始まったといえよう。だからガレキと立ち入りを拒むロープを作品として筆者が捉えてもおかしくはないわけだ。もしあの場に作者を名乗る人物が現れて「ロープとガレキを組み合わせることによって『わたしたちの目をそらせようとしているものは何か』を考えてほしかった」と、説明されれば、「なるほど」と得心したにちがいない。それはたしかに思考の創造だ。
⑮ たとえそれが屁理屈だとしても、単なるゴミでさえもが考えようによっては芸術となりうる時代をわたしたちは肯定的に捉えるべきだろうか。いうまでもなく「何でもあり」(本当はそうでもないとはいえ)の芸術に首かしげるひとびとも少なくはない。しかし、規則にがんじがらめになり、常に管理される社会に生きるよりは言祝(ことほ)ぐべき事態ではあろう。いや話は逆なのかもしれない。彼らのような芸術家を通して、ひとり一人があらゆる価値観をさし出すことのできる社会をわたしたちは目指しているように思える。すでに現状を自由の過剰と捉える者もいれば、未だ達成せずと考える者もいる。しかし少なくとも、異なる概念がせめぎ合う場を立ち上げ、またそれを維持することが芸術家に課せられた責務の一つであることに間違いはないようだ。
⑯ ところで、いつの頃からかデュシャンのそれや、ケージらの音響パフォーマンスともとれる音楽は、日本では「アート」と称されはじめた。当然ながら英語に芸術とアートの差異はない。他の欧米諸言語と対照しても同様だろう。「Art」(英)や「Kunst」(独)の訳語として「芸術」「あてられたのだから区別のしようがない。だから本来はアートも芸術も同じ意味であり等価であるはずだ。ところが、日本では意識的にか無意識にか、芸術とアートが使い分けられている。
⑰ その線引きの根底にあるのは、鍛錬された技術のうえに成り立つ作品あるいはパフォーマンスと、発想や考え方に重点をおく作品(もしくはパフォーマンス)の差なのだろう。前者が「芸術」と呼ばれ、後者が「アート」と称されている。
⑱ 一般的な感覚では、手仕事として精緻をきわめたミケランジェロやラファエロの作品は芸術といえても、サインをしただけの既製品を「芸術」と認めるにはどこか抵抗がある。音楽においても同様だ。演奏する(?)ためにはいかなるスキルも必要とされない「4分33秒」、したがって赤ん坊にでも演奏(?)できるそれは果たして芸術なのか。意図せず偶然響いた音響をして「芸術」と主張されても、頭のなかには??が飛び交う。どう考えてもバッハやモーツァルト、ベートーヴェンの作品やその演奏と同列には扱いたくないというのが、ひとびとの本音ではないか。「果たして自分の頭は固いのではないか」などと自問し、戸惑いを覚えつつも、芸術としての便器に感じるもやもやをどうすることもできない。わが国で「芸術」と「アート」の使い分けが始まったのは、このような事情を解消するための苦肉の策だったにちがいない。
⑲ もちろん、アートにもそれなりの技巧は求められる。だとしても、その制作やパフォーマンスには、代々受け継がれ磨き尽くされた技が必ずしも必要とされるわけではない。鍛錬のうえに習熟される手技は、むしろ歴史の重圧を想起させる。そんな権威と閉塞感から脱出するためにも、「アート」には高度なワザに頼らなくてもいいアイデアや概念が必要とされるのではないか。
⑳ そうした感じ方は日本以外のひとびとにも共通ではあるようだ。古典的な芸術と区別するために「モダンアート=現代芸術」や「コンテンポラリーアート=同時代芸術」「コンセプチュアルアート=概念芸術」などの言葉で差別化していることからもそれは分かる。とはいえ、どの言葉もあくまでアート=芸術であることば変わりはない。日本における「芸術」と「アート」のような分離絶縁された構図ではなさそうだ。というのも、アート=芸術というものはそれが何であれ、ひとの営みの果実と捉えられるからであるようだ。日本語に翻訳された芸術の語感からはそうした開放性が抜け落ちてしまった。代わってこの言葉には、外部からはうかがい知ることのできない特殊な世界の伝統と権威というイメージが貼りついたのだろう。旧来の縛りからの解放を謳う芸術の総称として日本でアートが用いられるようになったのも無理からぬことのようだ。
21 そう考えるとアーノンクール(一九二九~二〇一六)が挑んだ古楽復興運動は、それまでのクラシック界の常識と伝統(と信じられていたもの)からの逃走を試みた点で、まさしくアートだったのかもしれない。当時の権威主義的な演奏のあり方をいったん白紙に戻し、楽器の奏法も一からの見直しを図ったからだ。
22 誰もが疑いもしなかったヴィブラー卜に疑問を投げかけたことなどはその好例だ。ヴィブラートのない演奏など考えることすらできなかった二〇世紀半ばの音楽界に彼は「本当にそれは必然なのか」と問いを発した。古典的な音楽であるかぎり、演奏のために鍛錬された技の必要性が減じたわけではない。だが、伝統と称する権威にからめとられた奏法を見直そうとする運動は、過去の音楽の再現を通り越し、むしろアヴァンギャルドな芸術(音楽)=アートであるかのように響きもした。彼は近年ひとびとのあいだで信じられてきた音楽上の語法が、じつは一九世紀以降に初めて音楽界に共有された理念によって生まれたものであり、それ以前の音楽はまったく違う価値観で奏されるべき、と主張する。返す刀で二〇世紀のスタンダードを築いた巨匠たちのバッハ、モーツァルト解釈をことごとく否定していった。大衆ウケする彼らの音楽は一八世紀の演奏習慣からは、大きく逸脱していたからだ。その結果、時代の反逆児アーノンクールの音楽は大御所たちに毛嫌いされることとなる。
23 さて、芸術であれアートであれ、その歴史が人類の起源にまで遡るものであることに疑いの余地はない。ラスコーに代表される洞窟壁画がクロマニョン人の手によることは知られている。最近の研究では、芸術的な能力は希薄だったとされてきたネアンデルタール人にも芸術活動の痕跡が見られるという。ネアンデルタール人はクロマニョン人出現以前、いまから四〇万年ほど前から二万年ほど前まで地球に生息していた人類といわれる。いくつかの洞窟壁画はこれまでの定説を覆し、ネアンデルタール人によるものであると主張する学者もいる。ことばを獲得する以前に彼らが、ことばのない歌によって意思疎通を図っていたとの説もある。なによりも死者に花を手向ける心性をすでに彼らは持っていたらしい。ひとの埋葬された跡から多量の花粉痕が見つかることで、それが分かるという。
24 死者を悼(いた)み弔うことは、そこに無いものとコミュニケイトしようとするこころにほかならない。それはとりもなおさず彼らが芸術的な精神活動の持ち主であったことの証(あかし)だろう。日の当たる日常の向こう側にあるものの鼓動に耳を傾けること、それはすでに芸術だ。芸術の本質は、覆いの背後に息をひそめている真実へのアプローチにこそあるからだ。ひとを手厚く葬るという行為は、死の陰に隠された生の真実へと至ろうとする意思なしには生まれ癬驚いではないか。
25 なぜか人間だけが獲得してしまった想像力によって、ひとは目に見える世界の向こう側にある世界を見聴き、語ろうとする願望を持つにいたった。それこそが芸術の始まりだったはずだ。芸術は日常の秩序とはちがう原理を求める。中沢新一氏は、それを「社会的なものの外へ越え出ていこうとする衝動」と表現している(『芸術人類学』)。
26 それゆえに、便器の向こう側に新たな意味を探索しようとするアートも、さまざまな音を組み合わせ、未知なる世界に辿りつこうとする音楽も同じものだ。美学者・佐々木健一氏によれば「常に現状を超え出てゆこうとする精神の冒険性に根ざし、美的コミュニケーションを指向する活動」が芸術ということになる。
27 ひとは、ただ目の前にある現実を受け入れ生きるだけでは、その生に満足しないらしい。生命を超越した「無いのに在るもの」の存在を確信して、初めて生の充実を得られるようだ。なぜ人類がそのようなこころを持って、この世界に登場したのかは謎というほかはない。ただ一ついえることは芸術(と宗教)だけが、人間の持って生まれた本質的な欠落感を埋める唯一の手がかりらしいことだ。人間を人間たらしめることの根源にある営みが、芸術であることに間違いはなさそうだ。
28 他の動物たちと同様、ただ生物としての生命をまっとうすればそれでよさそうなものを、ややこしいといえばややこしい話ではある。でも、それが人間存在の土台である以上文句をいっても始まらない。(大嶋義実『演奏家が語る音楽の哲学』より
設問I この文章を三〇〇字以上三六〇字以内で要約しなさい。
設問Ⅱ 人間の創造性について、この文章をふまえて、あなたの考えを三二〇字以上四〇〇字以内で述べなさい。
(2)考え方
慶應義塾大学文学部小論文は、慶應の中でも難しい。
今回のように、芸術や文学の本質について直球で聞いてくる。
普段、こういうことを考えていない受験生にとっては、何を書いたらいいか、わからずに戸惑うことだろう。
そこで今回はそういう人のために、難しい問題を考えるときにはどうするか、という話をする。
解き方は簡単だ。
参考文の論旨を図に書いてみる。
途中で「芸術」と「アート」の区別の論点が出てくる。
この区別をヒントに上のような図を描いてみた。
この区別は主に日本だけの特徴とあるが、図で言うと、音楽で言うなら、「バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどの古典的な作品」が図の中央部にあたる。絵画の例を挙げるなら、ミケランジェロやラファエロの作品がこれに当たるだろう。
美術館や教会に展示されていて、誰しもが芸術と認める、権威を帯びて伝統となった古典的な作品にあたる。
これに対して、デュシャンの泉(男性便器)に代表される作品は権威に挑戦し、これに対し見直しを図った作品であり、日本ではアートと呼ばれ従来の古典的作品と区別されている。あえてアートという言葉を使わずに表現するならば、デュシャンたちの作品を「革新的な芸術」と名付けてもいいだろう。
海外でも、デュシャンのような作品をコンテンポラリーアート、コンセプチュアルアートと呼ぶこともある。
つまり、何をもって芸術とみなすかという、芸術の定義や芸術の範囲が時代とともに外へ拡大している。
この外へ外へと拡大させる推進力が人間の創造力であり、こうした創造性が人間を人間たらしめる人間の本質にあたるものだ。
今回の設問Ⅱでは、この図式を思い描ければ、問題の半分は解けたと言っていい。
さらに、こうした「古典的な芸術」→「革新的な芸術」の図式に当てはまる例を芸術以外で考えて、例示して、「人間の創造性」につなげて書けば完成だ。
私は日本の文字(「漢字」→「かな文字」)の例で考えたが、他には、宗教(「ユダヤ教」→「キリスト教」、「カトリック」→「プロテスタント」、「旧仏教」→「鎌倉新仏教」)や情報科学技術(「現実空間」→「デジタル空間」)などでも書けるだろう。
このような「人間の創造性」は私たちが生きる世界を拡大する原動力となり、豊かな社会の実現へと導く大きな力となる、という論旨でまとめるとよい。
(3)解答例
設問I
海外では芸術とアートと区別はなく、両者を分けるのは日本だけである。鍛錬された技術に基づく作品やパフォーマンスが芸術で発想や考え方に重点をおくものがアートとされる。また、アートには特殊な世界の伝統と権威というイメージが貼り付いた芸術の縛りからの解放を謳うという意味もある。人間の想像力によって、非日常の世界を見聴き語ろうとする願望が芸術の始まりだった。便器の向こう側に新たな意味を探索しようとするアートも、さまざまな音を組み合わせ未知なる世界に辿りつこうとする音楽も同じ動機を持つ。ひとは、現実の生を受け入れるだけでは満足しない。生命を超越した「無いのに在るもの」の存在を確信して、初めて生の充実を得られる。芸術だけが人間の本質的な欠落感を埋める唯一の手がかりであり、人間を人間たらしめることの根源にある営みが、芸術である。(358字)
設問Ⅱ
芸術や文学には権力が介在している。例えば、漢字は律令制においては漢詩や国史、律令などに用いられる公的な文字であり、文明の中心である中国からもたらされた技術としてその使用は専ら男性官人に占有されていた。ところが、平安時代になると漢字を崩して仮名文字が発明された。これは権力の周縁に位置する女性によって発明された文字であり、初めは手紙や日記などの私的な記録に用いられた。平安時代、紫式部等によって作品が書かれることによって文学はその担い手や文字の制約を大きく拡げた。このように人間の創造力は伝統で縛られた従来の枠組みを壊し、未知なる外部の領域へと拡げる運動となって表れる。文学も含めた芸術は既存の権威に挑戦し、人間の自由の枠を増やす。人間は領土を巡って常に争ってきた。このような歴史を経てきたからこそ言えるのは、自由に呼吸ができる精神の領域の中にこそ私たちは真に住むことができるという紛れのない事実である。(400字)
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