人間関係があるところ、悩みは付きものと言われています。とはいえ、人によって悩みがちな人もいれば、あまり悩まない人もいる訳で、みんなが同じ数だけ悩みがあるとはいいきれません。そう、人によって違うのです。
私自身は複雑な家庭環境に育ち、いわゆるアダルトチルドレンという生きづらさを抱えた部類の人間です。大人になってから更に人と関わることが辛くて、うつ病になった時期もありました。それは出口のないトンネルで、心が痛み続けるこの状態はいつまで続くのだろうと嘆き悲しんでいました。結果的にその時のことがメンタルの世界に入ったきっかけとなり、今の自分に繋がっているので、うつ病になって良かったと今になれば思えるところです。
さて話は変わりまして、私はとある企業で会社員として働いています。メンタルとは全然違う分野の企業です。会社の中には、一般的な家庭で心が健全に育ったであろう人たちがいっぱいいます。仕事に対して前向きなので、生きづらさを抱えている私とは違うんだなということは日常の中で感じるところです。
明るくて仕事もてきぱきできる健全な心の周りの人たちを見ていると、自分には持っていない部分を見せつけられているようで勝手に劣等感を持ってしまい、自分を自分で卑下してしまうということに落ちいりやすくなり、いやいやそれは違う!と自分に言い聞かせて心の自己修正をすることもしばしばあります。
しかし、明るい健全な心の方々も悩まないかといえばそんなことはなく、いろんなことで悩み苦しみ、這いずり回っているんだということも見ていて感じます。逆に彼らの方が、自力があるがゆえに自分でなんとかしようともがいているように思うところもあります。
悩んでいるけどもカウンセリングを受けるほどでもない
今を乗り越えればなんとかなるだろう
悩みを話したら迷惑がかかるから自分の中だけに留めておこう
そのように自分に負荷を課しながら苦しみを乗り越えている職場の人たちを見かけます。
以前の私は、自分が世界で一番不幸で可哀そうな人間だと本気で思っていました。私より不幸な人はいないんだと。でも自分自身がカウンセリングを受けるようになり、グループカウンセリングの中で私よりも苦しい境遇の中で育ってきた人々と出逢い、相手を知ることによって井の中の蛙だった自分に少しずつ気づき始めていきました。
それぞれが、とても辛くいたたまれない経験をしてきています。それは比較することのできない辛く苦しい経験です。辛かった過去に重い軽いなどないのだと、経験した人にとって自分の受けた心の傷は比較できるものじゃないのだと、肌で感じるようになってきました。
そして職場の中で、悩んでいる仲間を見かけ、その悩みは本人にとっては大きなもので、心が健全であっても他の誰かと比較できるものでもないこともわかってきました。
メンタルに不調がありカウンセリングや心療内科に通院していた過去がある私にとっては、カウンセリングは身近なものでしたが、一般的な人々からしたらカウンセリングは敷居が高いものかもしれません。結婚している方だったら、配偶者の偏見的な見方があれば行きたくても躊躇するでしょうし、親戚や近所の手前もあり、なかなか行けない場所かもしれないですね。
そのような方々は多くいるのだろうと感じています。ちょっと話してガス抜きしたい、吐き出したい、すっきりしたい…。
あなたのその想いを受け止めたく、あえて「カウンセリング」ではなく「話し相手」のカテゴリで心を軽くするお手伝いをしようと、この界隈でサービスをおこなっています。
なんの気兼ねなく、いつでもお声かけください。ちょっとした【心の保健室】としてご利用くださると嬉しいです。もちろん、自分の成育歴がひどく苦しかったことを話したいという内容もしっかりと聴かせていただきます。不遇だった私自身の経験も踏まえて、心の痛みに共感し受け止めさせていただきます。
「話し相手」のカテゴリですが、心はいつもカウンセラー魂を持って聴かせていただきます。