飛空艇乗りVTuber 発条ジョウキの自伝 #1

記事
小説
これはポートフォリオとして公開するものなので、
ココナラで続きを掲載する予定はありません。
別プラットフォームで無料公開しているので、資料ではなく小説としてお求めの方はそちらへお願いします。
また、規約によりご自身での検索をお願いいたします。






 俺はかなり早く実家を出た。家族とは関係が悪かったし、親という逆らってはいけない存在も煩わしかったから。
 一言で言えば不幸な環境だった。少なくとも当時の主観では。俺なんかより不幸な人は大勢いるし、思春期の暴走もあっただろう。でも今になって客観的に見ても幸福ではなかったと思う。
 家を出はしたが、まだまだ社会から見ればただのガキ。責任を預けるには頼りなく、判断を任せるには馬鹿すぎた。まともな仕事なんてあるわけがなかった。

 だからどんな仕事でもやった。でも仕事をしてるだけで補導されかけることもあった。まだ子供に見える、実際子供だったんだが、そんな奴が大人に混じって働いているのは優しい優しい他人には、警察に連絡する理由としては充分だったんだろう。そんなこともあったし、俺自身も労働というものの重さを理解出来ていなかった。真面目に働かないクセに会社には迷惑をかける面倒なただのガキ。だから幾つか職を転々とした。

 少し経って、ようやく責任のせの字が朧気ながら見えてきた頃、俺は鉱山の募集に応募した。まあ言ってみれば使い捨て人員だ。劣悪な環境でどんな死に方をするか分からず、どんな理由で死んだとしても不幸な事故で片付く職場。最高だった。詮索されたくない過去を持つ人しかいなかったから、俺としても働きやすかった。ヤケになっていた部分もあったと思う。この頃の俺は精一杯生きたと思い込みたくて、それでいてさっさと死にたかった。だからこの仕事は最高の仕事だった。

 どん底を生きて、そこからの抜け出し方を知らず、その先の生活を想像も出来ない。だから抜け出したいとすら思えない人生を生きていた。

「ああもうしんどい・・・」

 この日、俺は鉱山の中で迷子になっていた。この鉱山は歴史だけは長く迷宮のようになっている。もちろん最低限の整備はされており、使わなくなった坑道にはバリケードが設置され、通常そこまで深刻に迷うことはない。せいぜい数時間も歩けば外に出れる。しかし俺はこの時、迷ってから三日目に突入し、バリケードを越えたことを心底後悔していた。

「喉乾いたな・・・。なんか都合よく湧き水とかないか? いやでも金属に触れた水は飲んだらいけないんだっけ? 働き始めた時に鉱山内の水は飲むなとか言われたような・・・」

 装備はヘッドライトとコンパスに、バチツルが一本と小型の折りたたみスコップが二本。常時使用の電動ファン付きガスマスク。それから残り一日持つかどうかという食料。あとはガスマスクとライトの動力用に電気出力のネンタン。

 ネンタンは正式名称を燃焼タンクと言い、要するに小型の蒸気機関だ。水筒のような形をしていて、水と燃料と種火の三層構造になっている。基本的には蒸気を発生させるだけの機械だが、モジュールを追加することで電力に変換して出力したりも出来て、今装備してるのもそのタイプ。ちなみに結構な値段がする。当然これも私物じゃなくて鉱山からの貸与品だ。勝手に持ち出しているだけで。

「喉乾いた。マジで喉乾いた。汗も出ないわもう・・・」

 水分不足のせいで舌まで乾いて痺れているが、実はまだ水はある。しかしネンタンを動かすには水がいる。つまりライトなどの装備にも水が必要なため迂闊に水は消費できない。坑道の奥深くでライトとガスマスクを失えば、それこそ脱出は絶望的になるだろう。

 俺がこんな無謀なことをした理由は一つ。宝探しだ。
 この鉱山はその名前にふさわしく、巨大な山に穴を開けて掘っている。アルテイクと名付けられたこの山は、それ自体が一つの都市になっていて、麓には農業地域と居住地、それからこの鉱山地帯があり、例外も多いが基本的には下から上へ生産物が加工されながら移動していく。つまり山頂部には大規模な娯楽施設と金持ち向けの限定的な施設がある。別荘地としても人気で、俺が暮らしているこの貧民街とは一万倍くらい土地の値段が違うらしい。まあ行ったことも見たこともないんだけど。

 そこまで値段が違うのは、もちろん場所としての魅力が違うこともあるが、何よりも面積の違いだろう。山なのだから山頂部は土地が少なくなる。しかもこの山は深いカルデラ・・・というには深すぎる巨大な穴が山の中心をくり抜いており、更に土地が少なくなっている。

この穴は時折下から上へ、人が吹き飛ばされるほどの突風が吹くため調査があまり進んでいないらしいが、穴の中には無数の横穴があり、過去に人為的に作られた地形なのだというのが人々の共通認識になっている。

 実際に遺物が発見されることもあり、それらを解析したことで何度か技術革新を起こしているそうだ。今では当たり前に使われてる蒸気機関もそういった遺物を参考に発明されたらしい。役に立たないものでも高値で買う好事家もおり、今でも中央の穴から探検に行くものも少なくない。

 しかしその殆どが準備に大金を掛けたにも関わらず、何も見つけられないまま帰還して大損したりしている。しかし金を失うだけならまだいい方で、いつ吹くか分からない突風に巻き込まれ、山頂から麓まで吹き飛ばされる者も少なくない。

 つまり分の悪い賭け。しかもチップは命だ。近頃は人生に絶望して、自殺ついでに一発逆転を狙うような者しか山中に降りてはいかない。まあそういう奴が少なくないから金持ちも困りはしないんだろう。
 そこで俺は考えた。山を掘った坑道からなら安全に山の内側に辿り着けるのではないかと。実際、過去には中央の大穴まで掘り進めてしまったために封鎖された坑道もあったそうだ。

「オルマー爺さんが言ってた道だと思うんだけどなぁ。ちゃんと石炭も転がってるし」

 大穴まで辿り着いた坑道が封鎖されたのは危険だったからだ。地下から上空へ吹き上がる風は大穴の中の横穴の空気まで巻き込んでいく。要するに近くにいると大穴の中に引きずり込まれるのだ。そのため貫通した時点で退去。貴重な鉱石から優先して運び出され、石炭や鉄などは放置して逃げ出したらしい。だから石炭が裸で転がっているこの道であってはいると思う。

 こんな掃き溜めみたいな環境だが、意外と働いてるやつはみんな気がいい。クズと呼ばれて弾かれた者同士の傷の舐め合いや、安い仲間意識でもあったのかもしれない。色んな話を聞かせてくれるオルマーという爺さんは特にいい人だ。爺さんの昔話は金のない俺たちのいい娯楽になっている。

 筋骨隆々のおっさんが、爺さんに何か話してくれと頼む姿は何度見ても笑えるけど。口元だけ笑いながら、ふとネンタンに目をやれば燃料の残りが半分を切っている。溜息を一つ。

「食って、飲んで、ネンタンも人間みたいだな。補充しながら休憩するか」

 俺は適当な石に腰を下ろして、深呼吸ついでにもう一度長いため息をついてから足元にあった石炭を踏みつける。筒状のネンタンの底部近くのスリットに専用の板を差し込んで、種火を一旦密閉させてから捻って底部を開ける。これはガスや粉塵に引火して爆発しないためだ。そうして開いた筒の中に踏み砕いた石炭をザラザラと補充して、逆の手順で底を閉じたら今度は上側の横に付いているカバーを外して、給水口から水筒の水を少しずつ入れる。

 一度に入れると水温が下がりすぎて一時的に使えなくなるから本当に少しずつ。ライトの光量を見ながら水位線いっぱいまで水を入れ終えたら、溢さないようにネンタンを傾けながらカバーを付け直す。これでネンタンの食事は終わりだ。

 しかし水が注がれる音はこんなに魅力的だっただろうか。なんでネンタンはこんなに丁寧に水を飲ませてもらえるのに俺は飲んじゃいけないんだ。だんだん腹が立ってきた。

「まあ、死んだら死んだまでか。どうせ水をケチっても帰り道も分からないしな。飲んじゃうか」

 さすがに全部飲むことはしないが、何口か水を飲む。この温くて臭い水をここまで美味いと思ったことはない。

 水を飲んで一息つけたが、風通しの悪い坑道の中を歩き続けていたせいで体温がかなり高くなっていて、飲んだら飲んだ分だけ汗になってしまう。いよいよ死が見えてきたかとある種の諦観を覚える。膝に肘を置き、深く項垂れながら瞑目して目眩を感じていると、小さな異変があった。

 涼しい。

 とても弱いが、風が吹いていた。汗をかいたから気づけたのかもしれない。体にこもった熱が坑道の奥へ吸われていく。
 慌てて立ち上がり、一度休んだことでより強くなった足の痛みも無視して走る。この時の俺は体は焦っていたが、心は落ち着いていた。もしかしたら単に頭が真っ白だっただけかもしれない。
 しばらくよたよたと走っていると体が痛みという形で体の各所に警告のシグナルを出し始めるが、今度は心が焦りだす。体の訴えを無視して気力だけで痛む足を進める。

そうして坑道の中の大きなカーブを曲がったところで、ヘッドライトの黄色がかった光とは違う真っ白な光、自然光が微かに見え始めていた。

「あった・・・。あった!よっしゃああ!!」

 嬉しかった。大穴へ辿り着いたところで、物資もないし道もわからない以上、たぶん生きて帰ることは出来ないだろうと分かっていた。それでも人生の最後に何かを成し遂げられた気がして、思わず喜びを叫んだ。叫んでしまった。

 坑道というものは言わば使い捨ての施設だ。できる限り安く設備を整え、採掘期間を短く設定し、なんとか耐えているうちに急いで掘って急いで撤退するのが基本だ。そうしないと商売として割に合わない。つまり廃坑というのは、いつ爆発するか分からない時限爆弾のようなものなのだ。ちょっとの衝撃、ちょっとの浸水で容易く崩落する可能性がある。

 だから古い坑道では絶対に叫んだり跳ねたりしてはいけない。俺は何度もそう聞いていた。だからこれは当然の報いだったのかもしれない。
 ピシッという音とともに地面に大きく、蜘蛛の巣のようなヒビが入る。頭で考えるよりも先に体が逃げようとするが、そのために踏み込んだ右足が、踏み込んだ力そのままに地面へとめり込む。

「あっ!ちょ、マジっ、かよおおおおおおお!!」

 俺は地面の支えを失い、一瞬だけスローになった世界で叫びながら、これはもうダメだ。どうせ死ぬなら派手に大穴から飛んでみれば、みんなの話の種ぐらいにはなったかもしれないなどと考えながら地面の下へと飲み込まれていった。



 真っ暗だ。自分の意識があるのかどうかわからない。いや、意識はあるのだが自分の手を離れて暴走していた。思考が分裂し、それぞれが好き勝手に別々のことを考えている。幼い子供のように泣きながら肩と足の痛みを繰り返し訴える意識。大穴へ飛び込み、たまたま掴んだ岩だと思ったものが遺物で、山頂へ大風が吹き、奇跡的に生きて帰れたという妄想。宿舎で金のかからない遊びだといって、ボードゲームに付き合わされた時の記憶の反芻。

 色んな記憶が同時に並列で流れていく。その中で一際強く浮かび上がったのは、幼い頃に一度だけアルテイクの中腹付近に行った時の記憶だった。もう何で行ったかは覚えていないが、親の用事についていったんだったと思う。

 その時に見たんだ。飛空艇を。今思えば大して格好良くもない、企業のロゴが大きく入った量産機。ただただ荷物を運ぶだけの動く箱に過ぎない、定義上そう呼ぶというだけの飛空艇。

 それでも幼い俺の目は輝いていた。初めて間近で見る飛空艇は黒煙を吹き、輝く水蒸気を身に纏っていて、空に浮かぶその姿は大きく、雄大だった。水と炎の芸術である蒸気機関を動力として空を駆ける船は、自然現象の美しさと人間が持つ技術の両方を備えた、機能美と造形美の極地のように見えた。

 どうしてあの人生最大の感動を忘れてたのか。いや、忘れていた理由はわかる。こんな惨めな自分には分不相応だと、想うことすら不遜なのだと封じ込めていたからだ。

 そうではなく、逆だ。どうして今になって思い出したんだ。おぼろげな意識の一つを必死で捕まえて管理下に戻すと、悔しいという感情が生まれた。
 どうして俺はこんなに惨めに底辺を這っているんだ。どうしてこんなにも早く死ぬんだ。どうして上手くいかなかったんだ。

 どうして。どうして。どうして。

 どうしてこんな最後の最後に、狂おしいほどの憧れを思い出してしまったんだ。

 走馬灯。バラバラになった意識の全てが俺の人生の過去を映しだす。捕まえた意識の一つが、手の中から離れていく一瞬に一番新しい記憶を映した。
 落下している。危機に陥ると人間は世界をスローで見るというが、それにしても遅すぎた。一緒に落ちる石の欠片一つ一つをはっきりと認識できたし、落ちていく先も見えた。

 そんなわけはないのに。地下に落ちていくのだから落ちる先は真っ暗なはずだ。しかし穴の先ははっきりと明るかった。まるで映画を見るように記憶を辿っていく。ゆっくりと落下していった先で見たものは陽の光。

 そうだ。落ちたのは大穴の近くだった。なら落ちた先に横穴があってもおかしくはない。大穴から差し込む光が見えたのか。そこまで考えた時、どうして人生の最後に飛空艇への憧れを思い出してしまったのかを俺は理解した。

 その横穴には一隻の飛空艇が停まっていた。それ自体も荒れ果てていたが、巨大なハンガーに収められた見たことも聞いたこともない意匠の大きな船。落下中であることも、もうすぐ地面に叩きつけられることも一瞬で忘れた。

 美しい。その船は風雨に長年晒され続けたせいでボロボロだったが、それでも美しかった。俺の足が地面に触れたが、痛みは感じない。
 バラバラだった意識はこの瞬間に統合され、この船の美しさを称えるためだけに稼働する。痛みなど感じている暇はない。あと一秒もない命かもしれないが、この船を見てしまったから。俺はこの船に一目惚れしたから。命を惜しむ時間すら無駄だった。奇跡を目の当たりにした今一つだけ惜しむのは、この美に涙を流す時間がないことだけだった。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら