💎要するに、自由フィーリングのもとに
自分らしく生きることが人間性のある人生なので
文系的傾向人間フィーリングが必要という事です。
具体的には、直観力というものがベースになっていて、
臨機応変力、自分ブランド構築力、つまり、
自分らしい暮らし&生き方ができる人間という事です。
つまりは、直感力というものの活用です。
現実経験&読書体験(長い学校生活~大人)がベースになって
湧き出てくる”ヒラメキ”という力です。
この直感というものをベースにして考え行動するという力です。
これは文系的傾向人間、すなわち文系力というものです。
すなわち、単的に言うと文系的傾向人間というのは、
理系的傾向人間のフィーリングに、どういうわけか理屈抜きで
躊躇してしまうという健全な人間性の持ち主といえると
感じています。
それでは、今の時代(平成&令和)なぜ必要なのでしょう!
それは今まであるいは今もですが
科学技術の発展により享受したメリットよりも
大きな負の出来事の出現となって、メリットがカバーしきれないまでの
負の出来事の出現となっているからです。
さらに、科学技術、インターネットデジタル(AI)の発展というものは
続いているという社会現象になっているからです。
ということは、
科学技術の奨励というものは、
個人の好み云々ではなく、国の目標となっているはずです。
故に、科学技術を発展させるメリットは、あくまで
経済活動の範囲内で行われるべきもののはずです。
これによって、大量のおカネというものを循環させることが目的のはずだからです。これが、人間の生活様式までに入り込んでしまっているという事が
問題を起こしている源になっているはずです。
つまりは、確実に必要のない工業製品が入りこんできて
さも使わないとという脅しフィーリングで生活様式に入り込んで
いとも簡単に使っているという事に問題があると感じている次第です。
別に使わなくても!というフィーリングが必要となってきている
時代にもなってきていると感じている次第です。
つまるところ、
参加したくもない戦争というものが国の方針になっているということと
同じことと考えている次第です。
無理に従わせる行為の理不尽さというものを体験しているはずです。
その戦争と同じフィーリングが
科学技術(AI)に携わることになってきている時代と感じている次第です。
故に理系的傾向人間が必要という構図になっていると感じています。
だからと言って、
全ての人が、理系そのもの人間に変身することは不可能のはずです。
要は、理系的傾向人間になり切るということは、
人間性を捨てて、”奴隷化人間”になることを意味していると思っている次第です。戦争に参加、狩りだされるというフィーリングと同一と感じている次第です。
文系的傾向人間というのは、
”直観力”というものを正しく活用することができて
人間性のある方向へと導くという事なのです。
さらに社会様相というものも理解できるというのが直観力なのです。
理系的傾向人間というのは、
工業製品自体は作れる、しかし、
その工業製品の必要な理由あるいは社会情勢
というものは考えきれないのです。
これが理系的傾向人間の特質とも言えると思っています。
自ずと、文系的傾向人間というのは、
社会情勢から照らしても、
「したいこと、好き💜!」を優先にして
市町村を選択して生活をスタートさせる。
そして就職は、その土地の会社に、「企業理念」というものに
共感をして就職すればいいはずです。
ここに「おカネの量」を優先させると
大きな正しくないことになる結果になります。
このことは歴史が物語っているはずです。
もう一人の自分(正しい自分)の出番とも言えると思います。
磨き磨きにかけたもう一人の自分の事です。
とにかく国(ジャパン)は、子育て中心の社会化&レアアースでの資源大国
にすべき時と感じている次第です。
ちなみに(例)として
長い学校生活で得た「自分の持ち味!」とは!
①人間的自然フィーリング(自然体)の自然的身に着け!
②経営法律学:自立生活経営&家庭生活経営に活用
③海外留学:教養というものの習得!
(興味(好き!)フィーリングのある現実の一部の体験(要領))の習得
そして、留学先の料理の活用
利用する空港の活用
旅を経験したというフィーリングの活用
海外のことば&海外の人との交流フィーリングの活用
④簿記:会社勤め&経理に活用
自立生活経営&家庭生活経営に活用
⑤スポーツ&ストレッチ(ヨガ)活動:
キャプテン&副キャプテンフィーリングの活用
先鋒&中堅&大将フィーリングの活用
運動不足フィーリングに活用
正しい姿勢への活用(ケガの防止等)
内臓及び身体の正しいあり方に活用
⑥出身校の活用
(小学(学童)、中学、高校、大学、専門校等)
そして、文系的傾向人間が少しの理系知識を得る必要があるという
時代にはなっているとも感じてはいます。
当然に作るという行為ではなく
経済活動のための科学技術の発展なので、
私は、パソコンを使うという事で理系知識を得るというフィーリングで
いいと思っている次第です。
これ社会的立場、年齢になんら関係ないはずです!
まして私、文系的傾向人間ですから.....!!!
ましてや読書というもので今の時代、理系知識というものは手にはいるはずです。わかりやすい言葉の展開になっているので内容が理解しやすくなっていると思います。
このフィーリングになるのも、パソコンを使っているからだとも感じています。
また、工業製品に対しては
実際に使ってみないとわかりえないものとも思っています。
使ってみて役に立たないならば使用を中止せざる負えないもののはずです。
ところが、その工業製品を使うと判断するという事は
使う前に「これは自分にとって役に立つもの!」と判断しているという事です。本人がそのことに気づいていないだけで!
選択時点で役に立つという直感がはたらいているので、役に立たないという
事は起こりえないという事です。
しかし、そういう直感に従わずに
誰もが「単にこの工業製品を使わないと!」というフィーリングになってしまっての大きな負の出来事が表面化したと考えている次第です。
こういう事からも
文系的傾向人間フィーリング(直観力)を生かして
自分らしく生きるという事がさらに必要な時代になっていると
感じている次第です。
おおげさに考えず人生一度💜
ナンチャッテ!またカッコつけてしまいました!
勘弁してください!
(追記)
今現在の女子バレーボールチーム(選手、監督、コーチ)から感じていることですが、
正しい知恵(工夫)が正しい努力となり
正しい身体の動きに反映されていると感じています。
結果、正しい引き出しが多く持てていると感じています。
故に、他の海外チームから研究されているにも関わらずに引き出しの多さでの活用で....!
そして、知恵のもとになっているのが、
直感力というものが誰かれなしに反映されていると感じています。
つまり、これが文系力というものと感じている次第です。
同時に、”芸術の域”に達しているバレーとも感じている次第です。
~皆さんに幸あれ~💜!!!