💎江戸時代に作られたもののはずです。
人と人との交流、話はなくとも交流の手段としての将棋というゲーム。
ゲームと捉えると遊びフィーリング&勝負事と捉えられます。
コミュニが目的となるとコミュニをすることで
何らかの情報あるいはフレンドリーフィーリングというものを
得られるはずです。
江戸時代で言うと、
代表的な将棋のシチュエーションとしては、
長屋の人達のコミュニケーションの場として
長椅子の上で将棋を指す。
そうすると自然と長屋の人達が集まってきて、
将棋を指す二人を取り囲んで将棋談議に花が咲く!
この風流(素朴)とも言えるシチュエーションに自ずとなるという事なのです。
自然とコミュニ&勝負ごとというものを含んでいるという事です。
負の部分も当然存在します。
それは、勝負ごとにこだわりすぎて、かけ事に進展して
身を亡ぼすという行為です。現実に!
これが将棋でもあるのです。
これからの時代においては、
ゲームというのは人と人ではなく、画面の世界に存在する?と
現実に存在する人とのゲーム(将棋)というものが主流となると
感じている次第です。
つまり、AIという人と呼ぶべきでしょうか?
人と人が基本で、画面の世界のAIともゲームができるという選択肢が
増えるというフィーリングがベストと思うのです。
しかし、時代は、これが主流となるところがネックとなり、
心身に支障をきたすという負の部分が継続されることが
一抹の不安となると思うのです。
ゲームなので、単純に読書に変わる暇つぶしへというフィーリングが
ベストな活用法には今も昔も変わらないと思っている次第です。
まずは守りを固めてから~という事でしょうか⁈
(守りを固める!)
要は、緊張感がとにかく休まらない!(四六時中工業製品への関与!のため)
とにかく自分流の対応要領を確立しておくということが肝要と思うのです。
ベストな対応要領というものが
①香り②温泉③忘れるための忘れ方の三つと考えています。
この三つの要領をベースに自分に合った香り、温泉、忘れ方というものを
決めて準備をしておくという事です。
今の時代はどうもこのフィーリングが必要の時代と感じている次第です。
固めたうえで攻撃を開始する、つまり行動をおこすというパターンが
必要と思っている次第です。
昼間は、セカンドバックに
何があっても気持ちが落ち着き緊張感をほぐす小道具を忍ばせておくとか!
例えば、「コロン、ガム、グミ、ハイチュウ、メントス(ドロップ)等!」
すみません!昭和時代で言うところのエチケット小道具です。
夜は、部屋で、お気に入りの香りを味合う!アロマとか!
浴室でもお気に入りの香りを味合う!石鹸、シャンプー、リンス等!
トイレでもしかりです(消臭剤&エチケットローション!)
しかし、悪臭も時には嗅ぐ必要アリと思うのですが⁈
それと靴クローゼットもしかり!ナンチャッテ~!!!スミマセン!
昭和時代、
ゲーム&プラモデル&エンタメ!というものが流行りました。
セミ&カブトムシ等、網での捕獲。
(当時は、区画整理前だったので林が近所に存在したので!)
そういえば、寺の敷地内の溝でよくザルガニ捕りもしていました。
夏休みの工作の宿題で車を作った記憶があります。
(テレビアニメのマッハGoGoGoの車を!、
段ボール&電池スイッチ&タイヤ等で!)
焼き物での湯呑作りは苦手でした。
私、小学生時野球チームに参加(1番ショートで!)
それと小学生(4年生)~中学生まで剣道をしました。(中堅、初段取得)
駄菓子屋さんに学校帰り立ち寄り。
(ちなみに私の家は駄菓子屋でした!)
寺に絵習い&公民館でそろばん習い。
中学三年時に生徒会活動に参加。
高校一年時、級長活動&受験勉強の三年間。
大学生時は、経済学部経済学科所属(心理学&フランス語専攻)
ファッションの「着こなし」(コーディネートセンス&TPO)に興味を持ちました。
旅研究同好会に所属、茶道部に入部、
労働問題研究ゼミにも参加。
演劇部に興味を持ちましたが練習風景を見て断念。
当時は”落研”が流行していました。
アルバイト先は、
福岡ではRKB毎日放送で雑用の仕事を!
久留米ではダイエー(商業施設)店内&店頭での販売補助の仕事を!
大学生時のファッションの「着こなし!」の興味が
ファッション専門店(メンズ&レディース)への入社に繋がりました。
コーディネート提案ということが接客に役に立った次第です。
そういえば、贈り物(プレゼント)用の箱詰め&包装の練習を
必死にした記憶もあります。
私の固定客もでき、「笑っていいとも!」ではありませんが
友達の輪というものが自ずとできていた(若かったので!)と感じています。
また、いろんなシチュエーションでの助け合いという関係も自ずと
できていた感(フィーリング)があります。
さらに今になって思うことは、
ファッション専門店入社への本来の目的は、
オーダースーツが作れるようになることと気づいた次第です。
当時の店舗内の工業製品と言えば、
「ノーマルレジ!」のみでした。
ちなみに補正係&レジ担当の方は当然存在しました。
また、
戦時中に世界中で「第九」(ベートーベン作)が癒しの曲として
流行。
トイレ(汲み取り式~水洗トイレへの移行)がありました。
新聞を取って読むことが定番の時代でした。
首都(東京)でオリンピック
経済都市(大阪)で万博
おはじき、パッチ、ビー玉、プロマイド集め、
テレビ番組で、
てなもんや三度笠(当たり前田のクラッカー)流行
藤田まことさん&白木実さんコンビ。
そして、藤田まことさん主人公ドラマ流行
(必殺仕事人シリーズ&はぐれ刑事純情シリーズ)
これ以前に時代劇に出演番組として、
勝新太郎さん主演の座頭市シリーズに!
時代劇流行!特に水戸黄門シリーズ&大岡越前シリーズ!
吉本新喜劇(テレビ番組)土曜の昼必ず見ていた番組です。
それと日曜の昼番組の牧信二さん?のウクレレ番組を!
どういうわけか新婚さんいらっしゃい!という番組。
平日は、太陽にほえろ!という番組を....!
ショーケンこと萩原健一さんのファンだったので!
ちなみにテンプターズ(グループサウンズ)のボーカルでもありました。
それと傷だらけの天使、この時のショーケンのファッションは「Men’s ビギ」というデザイナーブランドのファッションでした。
オーソドックストータルファッションでした。
テレビアニメの番組は必須でした。
青春ドラマが流行していました。
年代が混ざってしまってすみません!
とにかく映画&テレビ番組&読書というものが、現実を知る参考書
あるいは教科書あるいはトレンドを知るという事に自ずとなっていました。
さらに、
家の壁に歌手のポスター張り
人生ゲーム(サイコロ)、
トランプ(定番として、切り札、七並べ、ポーカー、おいちょ株、神経衰弱)
囲碁&将棋、花札、UNO(ウノ)、オセロ、
パズルで壁掛け絵作り、ジャンガジャンガ(積み木)等です。
今思うと、家の中では友達とトランプ遊びが中心でしたね!
(小説の流行)
青春の門(五木寛之)推理小説(アガサ・クリスティ)
森村誠一&横溝正史
修学旅行、スマイルバッジの身に着け&トートバック流行、パンタロン流行
日本の農業団体の旗持っての観光旅行流行
それから、外では、ローラースケート(ボンバーズ)、
コンサート会場(アリスコンサート)通い
フォーク喫茶(井上陽水、吉田拓郎、チューリップ)通い
いわゆるニューミュージック(トレンド音楽)の先駆けとなりました!
ジャズ喫茶(サマータイム等)通い。
映画音楽の流行。
スナック(酒&たばこ&カラオケ)通い
(カラオケ十八番を持つ必要もあった時代でした。)
故にカラオケ教室というのが流行った時代でもありました。
タバコは、子どもができた時に辞めました。
自然と酒の量も減っています。カラオケも卒業しています。
茶店(サテン・喫茶店の略)でのインベーダーゲーム!
(コーヒー一杯の注文とお冷(おひや)のおかわりで長逗留!)
グループサウンズ流行(タイガース他)
(女性ファンのおっかけ&失神ファンの出現)
天神の母(占い師)の占いに女性ファン殺到。
テレビ番組流行(漫才&コント、笑っていいとも他)
笑っていいとも!は大学生時流行。
トレンディードラマの隆盛と衰退。
maid in Paris&Japan流行。
特にJun&RopeのJunMen’s(クラシカル&エレガンス)を着用していた記憶があります。
これもどちらかというとオーソドックスで男女兼用フィーリングのファッションでした。
テレビドラマ(君の名は、冬のソナタ、ガンバレクムスン他)
(慕情、ある愛の歌、エンドレスラブ)
ディスコ(ダンス&ミュージック)スッキリフィーリングになるため!
(ディスコダンス&チークダンス&ジルバ流行。)
(ボディコン&パンプス&ミニスカート&ポニーテール&ニューヨーカートラッド&ヨーロピアンファッション流行&衰退)
(デザイナーブランドの流行&衰退:個性表現の衰退)
サーフィン流行、エスパドリーユ流行、雑貨屋さん巡り流行、
カチューシャ(ヘアバンド)(女性)流行
化粧品会社のFC(フランチャイズ化)隆盛&衰退。
(化粧品コマーシャルの隆盛&衰退)
格安スーパーの出現
(ダイエー他主婦の味方というフィーリングの店の台頭&PBブランド品強化)
キャッチセールスの隆盛と衰退、これは、今も見かけます商業施設で!
これ昭和時代に問題となりました。
必要でないものをプライド&落ち込み(俗にいう弱み)&恐怖心につけ込んでのセールスだったからです。特に
英会話教材&化粧品の売り込みに問題が表面化。
つまり、売り込み方に問題があるのは当然ですが、何と商品自体にも
問題があったということです。
サラ金&消費者金融の隆盛と問題化(法外利息)
自己破産ということも何と流行現象に!
クーリング・オフという救済制度もありましたが
知らない人が多数だったという時代でした。
つまり、こういうことが大切な情報というもので、入手できる人たちが
限定されていたという社会情勢だったのです。
今はインターネット時代ですので、隠し通せる時代ではなくなりましが....!
時間が経ってから防止策として司法書士乗り出しへ!
さらに今度は、電話で肉親になりすましのおカネ詐欺横行へ。
早くから消費者生活センターなるものは存在していましたが....!
サプリ通販花盛りへ!
通販は昭和時代にも存在していて、生活必需品の通販でした。
つまりは共働きの社会現象だったからです。
コンビニ(店)の出現&POSシステムという工業製品の出現。
会社勤め(サラリーマン&OL初代)飲み会&社員旅行
車でドライブ、晩婚化のスタート
初代サラリーマンの登場の時代でもありました。また、
大企業への就職が流行&予備校通いも何か流行していたような⁈
どこかに親不孝通りという名の通りも存在していたような記憶があります。
昭和時代は、まずは三種の神器(テレビ&冷蔵庫&洗濯機)の登場です。
FAX&固定電話&公衆電話&ポケベル、工業製品時代。
パソコン&携帯電話、工業製品時代への過渡期の時代。
平成時代には、スマホ&パソコン、工業製品時代へ。
同時に
・バブル崩壊後始末時代(暗い時代!)
・インターネットデジタル突入時代。
・工業製品の氾濫のし過ぎで人の心身に支障をきたすことが表面化した時代。
・インターネットの発展で海外の人の渡航者が増加
(世界でジャパンが人気№1の国へ)
令和時代は、「さあ今から!」というスタートの時代のはずが、
スタートと同時に「コロナ禍」社会情勢へ!
これが、何とバブル崩壊後の社会情勢へとなったのです。
そして、今に......!!!
またまた昭和時代の続きです。
海水浴&海(海に行けばとにかくスッキリに!)というフィーリング!
私は、会社勤め(サラリーマン)をしていました。
若い時は正社員、
バブル崩壊後の社会(子育て時期でもあった時代)
パート社員で社保加入で!
中年以降は自分らしい暮らしの実践のため契約社員で!
これはあくまでも自分らしい人生のための働き方の手段です。
人間皆、”氏名”があるはずです。
街中パチンコ&スロット&麻雀(マージャン)
ゲームセンター(ゲーセン)でのいろいろゲーム&
レクレーションスポーツ(ボーリング、卓球、ビリヤード、スケート等)
野外スケート場でのスケートも流行りました。
遊園地での遊びも流行りました。
映画館での映画鑑賞、そして、DVDレンタル&購入での映画鑑賞
ビデオカセットテープでの録画&鑑賞
レコードでの音楽鑑賞、そして、CDレンタル&購入での音楽鑑賞
パソコンからのCDへの音楽録音&鑑賞
自転車
(おっちゃんチャリ、ママチャリ、ロードバイク、クロスバイク、
マウンテンバイク、一輪車等)チャリなのになぜ”バイク”⁈
マージャンは、徹夜マージャン(てつまん)が流行して
友達もしていましたが、どうしてもなじめず私はしていません。
「何故に徹夜までして?」というフィーリングを持ったからです!
パチンコ&スロットは、少しかじっただけです。
この中でトランプでの画面の世界での体験として、
パソコンで、ソリティアというものを体験しました。それのみです。
中年(40歳代)になってスポーツクラブにてテニス&スイミング習いへ!
これ、長い学校生活からきているフィーリングと思っている次第です。
やはり私「文系的傾向人間!」と感じている次第です。
💎また、将棋をさすという事には、
いろんな面からの意味合いも存在しているはずです。
それは、
①熟成というものは、長い時間がつきものという事に気づくという事。
②その時にいろいろと考えた「手」の蓄積が、
いつかは別の対局で生まれて、
それが思いもよらない
”ヒラメキ”(直感)ということに気づく事。
③”ヒラメキ”がある人というのは、
必ず人と違う事をやろうとしている人といえると思うのです。
つまりは、「奇人」という事です。
この「奇人」を受け入れる世の中ほど
文化的(人間的)な世の中であるということに気づくこと。
④「効率」だけを追求していくと
どうしても行き詰ってしまいます。道理です。
みんなが同じルールの上でひしめき合って、
結局、そこから抜け出せなくなってしまうのです。
かえって技術の停滞を招いてしまうという結果になるという事が
わかってくるという事。
⑤膠着状態というものを打開するには、
既成概念を翻しての斬新なアイデアしかないのです。
斬新なアイデアというものは、意外にも、
みんながすでに切り捨ててしまったものから拾い上げることが
多いことにも気づくという事です。
つまり、すでに使い切った戦法でも、
ここのところを工夫すれば行けるんじゃないか!ということに
気づくということです。
そういうひとが、独自の道を進んでいるということが
わかってくるという事です。
⑥詰将棋をする究極の目的は、
最終的には、
”こういう形で積みそうだ(駒の配置図)”というイメージが
頭のなかに自ずと出来上がるようになるまで
さし続けることだと思うのです。
さらに、最初の一手は、”ヒラメキ(直感)”で~!と
させるようになることと思っている次第です。
💎「直感!」(イメージアイデア!)というものについて!
将棋で言うと、
リアルタイムで対局の進行を体感しながら、
伝えられてくる対局者の指し手について
「どうしてここでこの手をさしたのだろう!」と考えるように
なることだと思うのです。
後日掲載された棋譜だけをみての結果から理論づけするのではなく
次の展開が見えない状態での対局の当事者ではない自分も
局面の予想をたてていくという事です。
こうした経験をつむことで直感というものが導き出す力が鍛えられると
言う事です。
人間の直感というものは、
何もない所から湧き出てくるものではないという事です。。
自ずと考えて考えて模索した経験というものが前提となるものなのです。
ですから、考えて考えての経験というものは、
自ずと自然と脳の中に蓄積ということでインプットされるようになっているのです。
つまりは、この蓄積されている経験(人生経験含む)というものが
タイミングよく瞬間的に生み出され頭のなかにイメージされます。
このアイデアが直感というものなのです。
自分という人間の大きな手助けをしてくれるものなのです。
軽んじてはならないものなのです。
もがいて、努力したすべての経験というものが
脳にインプットされています。
そのインプットされた経験値というものを土壌として
タイミングよく、いわば瞬間的に生み出されるアイデアが直感と
いえると思うのです。
この作業が無意識の中で行われる。
つまり言い換えれば、現実的には、意図的に行われているのですが、
それを本人がわからないようになった時(無意識)が、
”直感が板についてきた”と言えると思うのです。
また、その直感(イメージアイデア)を信じ切ることで
直感というものは初めて有効というフィーリングをもつことになるのです。
この有効という意味合いの中に
「おカネと時間を必要としない!」という現実なことも含まれているのです。
人間という生命体の活用のひとつです!!!
💎読書というものについて!
書店&図書館に足を運ぶ!
以前は、もっと頻繁に通っていたのですが
最近は、社会現象としてアマゾンなど居ながらにして本を買う手段ができてしまったのでそれほどではなくなったはずです。誰しも...!
しかし、それでも時間に余裕があれば書店&図書館に向かうはずです。
特に書店というのは、
特に目的の本を買おうというのではない時
偶然の産物として自分にとって「いい本」を見つけるには、
これはもう書店に行った方がいいと思うのです。
これ、昭和を過ごした人間の性と思うのです。
書店というものは、その店によって個性があり、ぶらぶらしているだけでも
ちょっとした気分転換になって同時に発見もあるのです。
思い出します!ウィンドーショッピングフィーリングを.....!
これ、図書館にも言えることだと思っている次第です。
私のフィーリングでは、あまり広すぎる書店よりは、
ほどほどの本屋、つまり、
適度な広さと品ぞろえがあって、そこそこお客さんが入っているような店が
いいと思っている次第です。
わがままな意見ですが広すぎるというフィーリングは、すみません、
くたびれてしまうので、ワンフロワーでまとまっていると、と感じている次第です。
また、明確な目的をもって本を探しに行くのではない時は、
居心地よさという面からでもワンフロワーという広さフィーリングが
快適フィーリングと感じている次第です。(わがままフィーリング!)
もっとも書店さんの側からすると
あまり居続けられても買ってくれない事には、話にならないといいたいところだと思いはしますが.....!
本との出会いは、十代の頃です。
移動する時間が長く、その時読書していました。今は、スマホ取り扱いに!
他にすることもなく、電車バスなどの一時間ぐらいは、
ちょうどいいように思えるのです。
くたびれてしまって寝ていた時間もかなりありますが....!
ひとつお伝えしたいことは、
迷ったら本は買った方がいいという事です。
基本的に日本は、本が安いのです。
幅広いジャンルの本がこんなにある国は、
他にはそうないような気がしますし、
総合的に考えると読まない本があってもあまり気にしないようにしています。
たとえば、一冊買って失敗したとしても、それでも結局のところ
大きな失敗はありません。だから、
興味を持ったらとりあえずおカネがあれば買う。
おカネがなければ、立ち読みをさせてもらうというフィーリングで
立ち読みをする。あるいは、図書館に行くという行動をする。
つまりは、本屋さんと図書館の自分なりの活用で!という事になると思うのです。
買ったところで結局読まずにそのまま捨てるという事があってもいいとさえ
思っている次第です。
それは、情報というものがそういう性質のものだからです。
そして、どんな形で役に立つかわからないけれども、それが本の良さ
とも言えるところだと思っている次第です。
エンターテインメントであったり、知的刺激であったり、
さまざまな事を経験することができるのです、読書というものは!
一人の人間が決められた時間の中で経験できることは限られています。
古今東西の事象や考え方を知るには、他にないものと思っている次第です。
映像というものがありますが、香りがない分、刺激を強く感じてしまって、
自分で考えたり、吟味をしたりする余地が小さくなってしまうのです。
香りがない分、落ち着きフィーリングというものが心に起きないからです。
本には香りがあります。本自体の香りと、
装丁された表紙から漂う「イメージ香り!」というものです。
本というものを通して、たとえ人から見たら意味のなさそうな事でも
自分なりに解釈してみることが、
想像力や創造力(アイデア&ヒラメキ)を生み出す源泉になると思うのです。
このことが、
これからやってくる時代のための準備期間としての、平成&令和の時代に
確実に必要な事で実行することだと思っている次第です。
💎「自己否定しない!」とは⁈
将棋は、突き詰めていくと自己否定へと繋がりがちです。
なぜならば、すべてを自分で決断して臨む勝負だからです。
何を選ぶにしても選ばないにしても
いずれにせよ自分の責任なのです。
当然にミスもすればおかしなこともたくさんします。
それらをすべて自分のせいだ、自分の責任だと突き詰めて考えていくと
結局自分はダメだということになってしまいます。
いや、もしかすると本当にダメなのかもしれないけれど
そこを深く考えても仕方がないものなのです。
自分自身の出来がいいとか悪いとかは、如何ともしがたいことなので
割り切って行くしかないという事です。
短期的には、否定的で長期的には楽観的に考えるという事です。
人は、特に棋士という人間は、
過去の自分の選択に対しては、基本的には楽観的になって
未来の起こっていない事には悲観的になる傾向があるのです。
もちろん未来に対して、用心するということは、
未然に予防するとか危険を察知する意味では、大事な事ではありますが
それも度が過ぎるとなると健全ではなくなるのです。
そいいった傾向があることを承知しているからこそ
そこで意識的に行き過ぎた悲観をほどよい所まで
引き戻す作業をしなければならないのです。
それでもこういう不安があるとか心配があるとか恐れがあると
予想したことは全部その通りにはならないものなのです。
心配ごとの9割はおこらない世の中というものだからです。
先を読んだつもりでも、
相手の出方を読んで万全を期したつもりでも
相手がその手を指してこないということもよくある話なのです。
だから必要以上に悲観をしません。
黙っていてもその傾向があるのだから、あえて否定的にならないことを意識するのです。
自分の選んだ手にしても、もしもこう指していたらもっとうまくいったのでは
ないかといったことを思います。
当然思うわけなのです。
ところが、そうやっていたらうまくいくという保証などは
まったくないのです。
つまり、「もしもこうしていたら」いわゆるタラレバ!
「もしかしてこうなるかもしれない」といったことを得てして考えがちだからこそ、そこを意識的にアジャスト(微調整)する作業というものが必要になるのです。
そうした丁寧な調整作業によって、
私たちは自然体になれるのではと考えるのです。
日本人特有の悲観的になるフィーリングという傾向を踏まえた上での
楽観的というフィーリングは悲観的というフィーリングを是正するためという
意味もあると思うのです。
人間には防衛本能というものが備わっています。
それは、そうしないと生きてこられなかった歴史もあり否定もしませんが
それとは別のところ、つまりは、
フィーリングに知性というものはあると思うのです。
あえて考え込まない、自己否定しないという事は、
感情的にならずに冷静に判断をして選択するというプロセスには
必要不可欠なことだと思っている次第です。
まずは、「大丈夫、何とかなる!」と自分にメソッドしてください。
気持ちが落ち着きますから.....!!!
💎思い通りにならない自分を楽しむとは!
人間に備わったさまざまな可能性、能力。
その中でもとりわけメンタルの強さ、
精神的な面での強さというのは、その年齢や経験に比例すると
感じています。
ある程度の年齢になると、プレッシャーもリスクも関係なくなるという
フィーリングになるという事です。
若い人にとっては、リスクと感じることも、年をとるのではなく
年を重ねるとそれを超越してしまうというか
そのこと自体、いい意味でどうでもいいようなフィーリングになる部分も
あるのです。不思議な事に!神様仏様のイタズラ⁈💜
ある種の開き直りというか怖いものがないフィーリングになるのです。
強さであると同時に「達観した状態フィーリング!」ともいえると思っている次第です。
一朝一夕には得られないものですが、その姿フィーリングに学ぶことはできると思うのです。
今の時代は、
何か自分の中に響くことに向き合っていくことがベストとも感じています。
何よりも自分の気持ちに響く、自分の中から湧き上がってくる「直感」という
フィーリングを信じることだとも感じています。
ですから、目の前に起こることによる経験、体験というものが
直感のベースになるので、
今に集中することがベストという事になるのです。そのことによって
正しく変わって行く、変化をしていく自分を納得しながら楽しむという
フィーリングが大切と感じている次第です。
さらに、自分にその時々に浮かびあがってくるもの(直感)を
エンジョイ楽しみながら進める人間になることがベストであるとも
感じている次第です。
💎直感を信じる力とは、自分を信じるという事でもあるのです!!!
「何をしたらいいのか!」
「どうなっているのか見えにくい!」
「次なる時代への準備の時代では!」とかいう時代の時には
ひとつの指針となるのが”直感の力”だと感じています。
さまざまな事を比較、分析することも重要だとと思います。
しかし、直感というものは、言い換えると
迷いも悩みも起こりえない瞬間をとらえたものです。
ですからその中に大きなヒントが隠れていることも多いと
いえると思うのです。
ですから、その直感というフィーリングを手掛かりとして
考えを進めていくと思いがけない展開、発見、未来というものが
現れてくると思うのです。
最終的に行動を決める取捨選択は、自分自身で行うもののはずです。
何かの判断、決断をする!という時には、
自分自身に自ずと拠り所を求めることができると思うのです。
自分自身に拠り所を求める!とは、
その根底には、経験を重ねることで蓄積されて
形づけられた人生観や価値観といったものが横たわっているはずです。
また、そのことに基づいた選択がベストではなかったとしても
少なくとも自分のスタイルには合っているはずです。
故に、次にミスをする可能性も小さくなるし、
ある種の心地良さも内包しているはずです。
背伸びして成長するというフィーリングは、今までの事です。
というよりもこのフィーリングは今は持たないことにすべきと感じています。
故に、やはり今、これからというのは、
自分の流儀を発見してそれにあった選択をしていくという覚悟のフィーリングが必要と考えます。ですから、
直感力というものを多いに信じて活用すべきフィーリングの時代と感じている次第です。
(追伸)
三国志:諸葛孔明
テレビでの人形劇を見ていた折、
どういうわけか惹かれた人です。
今思うと、
人当たりの良さ&タイミングよく繰り出されるアイデア(工夫&策)
というものに惹かれたと思っている次第です。
孔子と共に!
アジア人というのは、
知恵&心模様(感情コントロール)というフィーリングに卓越した人達であり、
ヨーロッパ人&ヨーロッパ系の人達というのは、
頭脳明晰&肉体的機能美に卓越した人達と
感じている次第です。
神様仏様は役割を考えて人間を作り出されているような!
ナンチャッテ!
この辺で失礼させていただきます。
皆さんに幸あれ~💜!!!