「人生(生き方)に迷った時は⁈💜」🎾🚴‍♀️⚔️🏓🏸🤿😎😍

記事
コラム
💎まず変化(無常)を受け入れる!(これ基本姿勢と思うのです!
悟りはここから始まるのです。

世の中の事の全ての事は「常ならず」
つまり、少しずつでも変化して当たり前という事です。
ところが人間というのは、自分にふりかかる変化を嫌うのです。
変化に逆らおうとするのです。
しかし、どんなに頑張っても無理をしても変化を打ち負かすことはできないのです。ですからジタバタもがくよりも変化の流れに身を任せることにエネルギーを使った方が良いのです。
なぜなら、気持ちが楽になるし、人生も必ずいい方向に向かっていくからです。
折に触れて、自分自身に向かって
「無常(むじょう)、無常、諸行無常(しょぎょうむじょう)。すべての事は常ならず」と
自分につぶやいてみてはどうでしょうか!
もし、あなたがいま、好ましくない状況にあっても「やがてよくなるさ」と
思えてくるはずです。
逆に今が絶好調であれば、
「同じ状況が長く続くとは限らない。有頂天になってはいけない」と
気持ちが引き締まるはずです。
「無常」という考え方をよりよく生きるためのキーワードにしてみては⁈

💎絶対に無理をしない!

そうすれば「苦痛が消えていく」という事です。
たとえば、体力、気力が衰えているといつもどおりに仕事をすることは
できません。
それなのに
「いや、自分は衰えを知らない人間のはずだ」
「どんな状態であれ、成果は出さなければいけないんだ」と
頑張り続けたとしたら、
体と心に苦痛を強いたり、成果が上がらないと悩んだりすることになります。
それは当たり前のことです。
常に変化する心身の状態に合わせて休む、もしくは
ペースダウンをしながら仕事をしていれば「苦」も「悩み」も
生じないのです。
雲を眺めて見て下さい。
雲としての本質・本分を失くことなくゆうゆうと流れています。
雲を眺めると、「そこには無常に逆らってもしかたがない、無理は禁物」という悟りが見つかるはずです。

💎日常の小さな変化に気づく!

考え事をやめて景色に目を向けて見ましょう!
「毎日が同じことの繰り返し。変化を感じろと言われても?」
と思う人が少なくないはずです。
しかし、それは日々の忙しさに紛れて、「無常(変化)」に対する感性が
錆びついているからだと思うのです。
通勤途中でも、散歩に出た道すがらでも、あるいは、
家や会社の窓から外を眺めた時でも、意識して自然の移ろいに
目をむけるといいと思うのです。

たとえば春になれば、桜の木の枝につぼみが現れます。
そのつぼみが日ごとに膨らんで花が開いていくさまがつぶさに見て取れます。
夏が近づくと草が次第に強くなっていくことに
秋が深まるにつれて落葉樹の葉が少しずつ色を変えることに気づくし、
冬は、朝に地表を覆う霜を発見して寒さを実感するはずです。

つまり、自然の営みが見せる刻々の変化を感じとれるのは、
心にゆとりがある証拠。
無常(変化)に対する感性が鋭敏になっているからなのです。
逆にいうと、無常(変化)を感じることは、心にゆとりがあるとも言えるのです。

💎不幸はあって当たり前!

不幸と思える苦労があるからこそ、幸福の度合いが増すのです。
いいかえれば、不幸も幸もあるから人生は豊かになるという事です。
幸せと思える日々が長く続く人生などありえません。
よしんばあったとしても、幸せが日常になるので幸福感を
得ることができないのです。
つまり、不幸と思えることがあっても、苦労の日々が続いても
そうなってしまったものは仕方がないという事です。
これもめぐり合わせと考えるべきです。
故に、斜めに構えず、よけようとせずに正面から受け止めることです。
そのうえで、地道にコツコツとできることをやっていくのです。
そうすることによって、不幸と思えることを成長の糧にできるし
やがて不幸が幸に転じるのです。

💎ひたすら「今」に集中する!

過去に心を注がない。
「あんなことをしなければよかった」
「あんなことを言わなければよかった」と悩む人のなんと多いことでしょう!
私を含めて!
知っておいていただきたいことは、将来を決めるのは過去の積み重ねではない
という事です。
正しくは「いま」の積み重ね!
「同じじゃないですか?」と思われると思います。しかし、
やり直しのきかない過去と違って「いま」ならどうにでもなるからです。
たとえ失敗という形で過去になったとしても、
また「いま」に集中して生きていくようにしたらいいのです。
「いま」を重ねるとはこういう事なのです。
こうしてうまくいくと結果、過去の価値が変わってくるのです。
「あの過去があったから今の自分があると!」

今がダメだと感じると過去の価値が半減してしまうのです。
ですから、今に集中するという事が必要なのです。
今に集中するとは、過去を潔く忘れるという事につながるのです。

💎「なぜ、私に!」ということが起きたとしても!

事実はそのままうけいれることです。
そうすると最善の策が見えてくるからです。
同じことが起きても、受け止め方次第でその後がまったく違ってくるのです。
言い方を変えると、それは"覚悟を決める"ことです。
人生には、さまざまな、普通に考えるとマイナスのことが起こりますが
それをマイナスと感じるのは自分の心なのです。
現象は現象として受け止めて「さてどうするか?」と考えるクセを
つけることです。
そして自分なりに、最善の方策を考えて一歩を踏み出すようにして下さい。

💎人生に特別な意味など必要ありません!

「自分は何のために生きているのだろう!」と
考える自体は悪くないのです。
ただ現代人は、その時にどうしても損得勘定が働いてしまうと思うのです。
たとえば、新卒でも中途でも、就職活動をするときに
「こっちの会社の方が給料がいいから!」
「こっちの会社の方が知名度が高い!」というように
損得勘定から意味を求めてしまうと自分の思いが影を潜めてしまうのです。
ここはシンプルに
「どんな会社であれ、職種であれ、仕事をすること自体に意味がある」と
捉えてみてはどうでしょうか!
そう定めると、縁あって入社した会社で、目の前の仕事に懸命に
取り組むことができるはずです。
その中に「働く意味」が存在するからです。
人生にしても自分にできることは何かを考えて行動することに意味があると
思うのです。
「こうした方が得になる」「これは損だな」と考え始めると
損得のために無理をすることになり、
その結果、人間は何のために生きているのかがわからなくなり、
人生がややこしくなってしまうからです。

💎このことに気づけるかどうか!

考えるよりも感じることです。
人間にとって大事なことは、肌で感じる豊かさです。

現代人は、マスコミなどを通して伝えられる「豊かさの象徴」のようなものに
振り回されている感があります。
これは、私が昭和の若いころに現代人、つまり”新人類”と言われたころと
同じです。
そのころは、物質文明が主体でした。
今は、情報化社会の進展による「豊かさの象徴」というものに
振り回されてしまっている感があると思います。

「豊かさとは、こういうものですよ。それを手に入れて便利に利用できるものは、幸せな事ですよ」と思い込まされているような気がしています。
私が若いころの事を思い出してみると、同じと感じています。

インターネットによる流通する情報量は際限なく増えています。
これが私の昭和時代は、物があふれかえるほど製品が開発されたという事に
匹敵しています。
つまり、物、情報(つまり昭和は新聞、テレビ、雑誌等というものからの情報に限られていました)
昭和は、とにかく製品の開発主体、今は情報の獲得手段が際限なく増えている
ということでそのために必要な製品の開発に主体が行われているという事、
目にする情報量が増えすぎる、つまり人間にとってソフトの面が増えても
その人間が考えて必要とする情報は限られるのは昔と何ら変わっていません。
ただ、昔のテレビコマーシャル見たいな感覚のものを
今は誰でもが作れるようになってそれを誰もが見れるようになり
さらにスポンサーがつくというふうに宣伝効果があるという事で!
私にとって昔のコマ―シャルはオシャレで面白くいろんな情報源になっていました。それが形を変えて今になっていると思っています。
ひとつのおカネを稼ぐというインターネットを活用したものと思います。
しかし、昭和にあったのが原型のはずです。
つまり、昭和に存在したことをインターネットの活用で、
そしてインターネットの発展によるAIの活用での時代で!
まだまだ会社は存在しています。
同じ日本人でも千差万別です。
高齢化社会という事は昭和に生きた人間が多くいるという事では?
昭和人間に育てられた人間が多くいるという事では?
若い世代が引っ張っていく、つまりZ世代(昭和の新人類)が....!

逆に情報選別の枠の広がりの為に心に悪影響が及ぼす状態になっている昨今ではないでしょうか?
つまるところ、
昭和は新人類の出現というキャッチコピーを流行らせました。
これ、いろんな製品の開発、販売に主体を置いた経済活動を促したという事です。その結果、バブル崩壊で不良債権の後始末の時代にまで発展しました。
今からは、インターネットの発展により
AI製品の開発、販売に主体を置いた経済活動を促す時代になるはずです。
その結果、AIバブル崩壊の時代もやってくるという事ではないでしょうか?
特に日本という国は、こういうパターンを繰り返して生きていく民族と
感じている次第です。
それと、各地域での文化、つまり特質を打ち出しての街づくりが今
多く表面に出てきています。
これも、情報化時代の一環と思うのです。
文化これも経済活動の一環です。
仕方のないことです。
でも人によっては、純粋に物事をとらえる人間も存在するはずです。
しかし、生きていくためには、国が方向指示したことに逆らうのではなく
その波に乗って自分なりに豊かになると思える生き方ができるのが
日本という国と思っている次第です。
国が進む方向というものの情報取得による感じるフィーリングでもって
波にのりつつ自分の生き方を模索できるのが日本という国のよさと
思っている次第です。
故に、国が進もうとしている情報というものの把握フィーリングが
自分の為と思うのです。
他の情報は別になくても差しさわりはないと思うのです。
とにかく難しく考えることではないのです。
それから会社員となることが日本では肝要です。
これは何をするにしても会社員となるのは日本人の必須項目です。
何故なら学校生活というものが長いからです。
自分が作った製品が社会から受け入れられると会社を設立しなくては
ということになるとは思うのですが
でも皆さんよく考えて見て下さい
日本という国の風土はそうではないはずです。
会社設立のきっかけというのは決まっていないはずです。
ましてや必要とする物事は変化するはずです。
いつかは役に立たなくなるのが当たり前のはずです。
そこでいろいろ工夫してやっていくしかないのですが、
社会の役に立っている間に試行錯誤しなければなりませんが
これうまくいかないのが当たり前ですよね!
私思うのですが会社存続というのは、
まずはおカネをプールしておいて、しかしこれもいつかは役に立たない時が
来るはずです。それでは存続している理由は?
もうお分かりですね
自力で成り立たないのが常です。
おカネを調達するためと人間の人生というものを考えた場合とを
合わせて作られたのが会社というものです。
それが年功序列、終身雇用制度というものが作られていました。
ところがこれを国は失くしました。
という事は会社というところは、おカネを稼ぐだけのところ?となってしまったのでは?そこに自分の人生の時間を費やすことに!ナンチャッテ!
会社によりけり?そうでしょうか?
おカネは国の所有物です。国に戻さなければならないものです。
それが税金というものでちょくちょく戻しているはずです。
これは国民の為にも有効活用されています。
使い方を間違えることも起こってはいますが!
とにかく学校生活が長いです。
社会人になったら、関係ないようですがもったいないと思いませんか?
いやなこともあったと思いますが!
本当の自分の姿で過ごした学校時代のはずです。
おろそかにしてはダメなのです。
本来の自分で過ごした日々だからです。

💜色々記載しましたが、
やはり人間、男と女、
何はなくとも恋心というものがベストなはずです。
人間の感じる豊かさ、幸せがそれに比例して大きくなったかというと
大きな疑問が残ると思うのです。
自然とともに暮らし、物欲、金銭欲が小さく、
近隣の人と親しく交流した時代の方が心はずっと豊かで幸福感に満たされていたのは事実です。
ちょっと立ち止まって、頭を空っぽにして、
真の心の豊かさ、幸せとは何かを考え直してみませんか!
大事なことは、「肌で感じる豊かさ、幸せ」に気づくことなのです。


💎今、ここにいる自分がすべて!

私の学生時代、「自分探しの旅に出る」ことが流行りました。
しかし、水を差すつもりはありませんがそんなことはおよしなさい!
自分などわざわざ探しに行かなくても、いまここにいるあなたなのですから!
「自分探し」は、言ってみれば、宝探しのようなもの!
それくらい見つからないものなのです。
それどころか「私は何をするべき人間なのか?」と
気にかけ始めると目の前にある本来やるべきことが見えなくなってしまうものです。
それよりも大事なことは「自分磨き」です。
「どんな玉も磨けば光る」といわれるように今は、
泥まみれの自分という原石をきれいに洗ってひたすら磨けばいいのです。
自分にしかない輝きを自分で磨き出しましょう!


💎いいと思う人生を作る極意!

人間は、誰しもいつかはこの世を旅立たなければなりません。
その間、どういう人生を築き上げられるかは、
一人一人に委ねられています。

・だらだら寝て過ごしても一生
・毎日頑張って仕事をしても一生

どう生きようと、つまるところは毎日、毎日、
もっと言えば一瞬、一瞬の積み重ねが人生を作っていくのです。
「一瞬、一瞬を大事にする」というシンプルにして小さな答えだけがあるだけです。
遊ぶ時も、食べる時も、人と話すときも、寝るときも
何も考えずにぼーっとしている時も
いつだって今やるべき一つの事を大事にすればいいのです。
そういう時間を積み重ねていくことで、充実した満足度の高い人生が送れるようになっているのです。


💎”ながら”はやめる!

それは人生を浪費しているようなものなのです。
昔から存在します、ながら作業は!
しかし、頭の中でいろいろな思考が錯綜して、五感を錆びつかせて、
豊かな時間を放棄するようなものなのです。
自然の織り成す風景も目に入らず、鳥のさえずりも聞こえず
大地を踏む足の感触にも気づかずに心が固くなってしまうのです。
このことは、頭の澄みに入れておいた方がいいと思うのです。

そして、ながら作業が続いたと思ったら、
思考を止めて五感をフル稼働させましょう!
心と体が柔軟になります。


💎地道にやる!

些細なことがやがて大事を生むのです。
人生を大げさに捉えると、「大事を成さねば!」と
気負って、壮大な夢、目標を立てるのはいいと思うのですが
現実との乖離があまりに大きいものは、考えものです。
「いざ、進まん」というときになって何から始めたらいいかわからなくなってしまうからです。
夢だけがあって何もできなくなるのです。

もちろん夢、目標を持つことは大切な事です。
ただ、それはあくまでも自分の進む方向性を見定めるための事なのです。
大まかにルートをつかんだら、あとは足元を見て、
今やるべきことをコツコツとやっていくのみなのです。


💎失敗と思えることの正しい忘れ方!

過去はどんなに悔やんでもやり直しがききません。
過去の自分をコントロールするのは不可能という事です。
しかし、過去を忘れてしまえばいいということでもないのです。
正しい忘れ方があるのです。
それは、「一日を振り返る時間を持つ」という事です。
誰しも毎日何かしら「失敗したなあ!」と思う事があるはずです。
あって当たり前なのです。
「なにもかもうまくいった」なんて皆無のはずです。
その大なり小なりの失敗を流さずに、「あー嫌な一日だった!」と
いうようなマイナス方向でのおおざっぱな捉え方をして、落ち込まずに
「原因だけをつかんでおくのです」
そうすれば同じような失敗は繰り返さないという事です。
今の自分をコントロールすることが可能という事です。
短い時間でいいので、
「あの発言はまずかった」
「あの失敗はチェックの甘さが原因」とか
一日を振り返って見て下さい。
これを積み重ねていけば、人生は決して悪い方向にはいかないものなのです。


💎素の自分をさらけ出す!

苦にならなければ、数行程度でもいいので日記をつけてみては
どうでしょうか?
内容は、近所の人と話をした。という日常の事から時事的なことまで。
自分で読み返して懐かしむことができますし
兄弟や子、孫などに残すメッセージにもなります。
また、時代を知る資料としての価値を後世に伝えることができたら
なお素晴らしいと思う次第です。
日記とは、自分が見たこと、聞いたこと、感じたこと、考えたことを
そのままに、素の自分をさらけ出す日記だからこそ価値があると思っています。


💎「ないものねだり」より「あるもの磨き」!

つまり、苦手な事は、いくら頑張っても上達しないという事です。
「苦手を克服しよう!」とするのは、一見立派なようですが
あまり意味はありません。
どうしても克服しなければならない事情があるなら仕方がないにしても
苦手は苦手のままにしておいてもいいではありませんか!
もともと苦手はものは、なかなか上達しないようになっていますので
それは得意な人に任すしかないのです。
そこをすっぱり見切れないのは、
「すべてにおいてハイレベルな能力を持っていないと気が済まない」からです。
その能力の「ある」人と比較してしまって、
自分には「ない」ことに劣等感や恥ずかしさを覚えるからです。
いい意味で私は私!
何かの能力が欠けていても得意なものはあるはずです。
その「ある」能力に目を向けるべきと思うのです。
得意な事なら、人の何倍も力を伸ばすことが可能だからです。
”ないものねだり”より”あるもの磨き”のフィーリングで行くことが大切と
思います。
”ないものねだり”をしたところで、苦しいだけのはずです。
”あるもの磨き”の方がずっと楽しく生きられるし、結果も出せるのです。


💎夢中になれることが才能を開花させる!

「凡庸な人間なんてこの世にはいません。」
「自分にしかない能力なんてありません。
とりたてて好きなこともないですね!」と肩を落とす人が
少なくありません。
しかし、明言します。
そんな人はいません。
得意や好きを大げさに考えているだけのはずです。
「こどもの頃に何か夢中になったことがあったはずです!」
女の子なら人形遊び、男の子ならヒーローごっことか
ご飯を食べるのも忘れて遊びませんでしたか?
それがあなたの好きな事です。

プラモデルが好きな人がいました。
彼は大学の商学部に進んだのですが、4年生の夏休みにいきなり
方向転換。
プラモデルみたいな手先のことが好きだから歯医者になることにした!」と
歯学部に生き直すことにしたのです。
今は、自宅で開業!


💎人の責にしない!

人生はすべて「因果応報」です。
「自責」が人生を好転させるカギなのです!
つまり、身の回りに起こる全ての事には、原因があります。
その原因を作っているのは、自分自身だという事です。
よくないと思えることが起きると、
誰が悪い、社会が悪い、時代が悪いと外に原因を求めたくなるのが
人間です。
しかし、これは大きな間違いなのです。
外に原因を求めている限り、どんなにあがいても事態は好転しません。
大事なのは、いい結果を招くように日頃から「よい縁」を結ぶ努力を
することです。
この縁は、チャンスとも言えるはずです。
チャンスは誰にでも平等にやってきます。
しかし、チャンスに気づいてつかむことができるのは
日々努力を重ねて準備をしている人にだけです。
十分に手入れをされた畑や田んぼに豊かな実りがあるのと同様に
”人生の果実”も努力と準備なくしては得られないものなのです。
心してください。


💎しいて言えば「ご縁」を感じた方を選ぶ!

迷った時はどちらを選んでもいいのです。
進学、就職、結婚などの大きな節目から
「コーヒーか紅茶か?」「残業するか、飲みに行くか?」
といった日常的な事まで、
人生は、「選んで行動する」ことの連続のはずです。
そんなときにいちいち迷っていたらなかなか前には進めないはずです。
なんにせよ、やってみなければ結果がどうなるかわからないのですから
「どちらを選んでもいいのです!」
どんなに迷っても後悔するときは後悔します。
それが人間です。
むしろ迷いが多ければ多いほど、「あっちにすればよかった!」と
後悔する要素を増やしてしまう事になるのです。
「後悔したくない!」ではなく、「どれを選んでもいいことはある!」
考えるべきです。現実にそうだからです。
「選んだ以上は一生懸命にやろう!どんないいことがあるかを見つけよう」という気持ちになれるはずです。
やると決めたら他の選択肢は意識の外に置いて、
それを一生懸命にやることです。
そこに喜びが必ず見出せます。
故に、しいて言うならば「ご縁を感じた方をやる!」
それだけでいいはずです。


💎心が平穏でいられることこそ幸福!

人生で大事なことはここにある!
つまり求めるのは、「快楽」より「安楽」ということです。
人間は、「快楽」を求めてやまない生き物かもしれません。
しかし、求めるまでもなく「快楽」は日常の中にたくさん存在します。
例えばおいしいものを食べて「あーおいしかった」
本を読んで「あー面白かった」とか
ぐっすり眠って「あー気持ちよかった」とか
そういった「小さな快楽があれば十分と思うのですが!」
そして、日々こころ穏やかに暮らしていくことに、
人生の目標があると思っている次第です。


💎「心配の為に心配する」のは時間のムダ!

何故、心に心配が生じるのか?
ふたつの事があります。
ひとつは、先の予測が立たない時、どうなるかわからないために
目の前にあるやるべきことに手がつかないくらい心配してしまうという事です。いうなれば「心配するために心配している」という状態です。
しかし、いくら考えても先の事は誰にも分りません。
心配するだけ時間のムダという事です。
漠然と心配するのではなく、どうなると困ったことになるかを具体的に考えて
ひとつひとつ手を打っていくしかありません。

もう一つは、さぼったり、準備が十分でなかったとき、
こうなったら物事は心配したような方向に転がって行きます。
心配するのではなくやるだけの事をやるまでなのです。

こんなふうにして、”心配の種”をつぶしていくと
「なるようになるさ!」という気持ちになるのです、いい意味で!
やるだけのことはやったという安心感が出てきます。
そうすると、いい意味で、先がどうなろうと迎え入れることが
できるようになるのです。
人間の人生というものはそれでいいようになっているのですから!!!


💎目先の事だけに対処する!

自分の心にある不安というものは、実体がありません。
故に、取り出すということはできないはずです。
つまり、起こってもいないことに対して、自分の心が勝手に作りだした
ものに過ぎないという事です。
そこに気づくと、あれこれ心配することが馬鹿らしくなってくるはずです。
すると余計な不安が消えていくのです。


💎”妄想”するなかれ!

仕事でも日常でも「先を読む」ことが必要な場合が多々あります。
その時のポイントは、
「先を読む目的は、心配することではなくて今の行動内容を決めることに
あるのです。」
つまり、自分で自分を得心させることにあるのです。
「こうなったら大変だから、今これをやっておく!」
「こう物事が動いていくのが望ましいから今これをやっておく!」というふうに、とにかく「今」にひきつけることで、
心から心配や不安を追い出してしまうのです。


💎物事に「折り合いをつける」方法!

無理に白黒つけない、つまり
グレーゾーンを大切にするという知恵です。

私たちの日常にも二者択一で考えない方がいい場合はたくさんあります。
「こっちを立てれば、あちらが立たず。あっちを立てればこちらが立たず!」で、どちらを選んでも、心配の種が増えるだけなのです。
そうならないように
「こちらも立ててあちらも立てる」
「こっちのいい所とあちらのいい所を取る」というふうに
両方にいいように計らえばいいのです。
これならば「白黒はっきりしろ!」と怒る人もいないはずです。
曖昧さは、むしろ誰かを傷つける心配を減らしてくれる妙策でもあるのです。


💎すべての経験を糧にする!

人生というのはいいことばかりではありません。
「悪いことが起きませんように!」という気持ちは
裏を返せば「いいことばかりの毎日」を願うということだと思うのです。
これは、ある意味、わがままといえると思います。
人生は山あり谷ありですから!
しかし、いいことの解釈を変えるとそんな夢のような毎日が手に入ります。
その解釈とは、
「今、この時にしかない経験をさせてもらっている。
その経験自体には、いいも悪いもない。
今後の行動・努力次第でなんだっていいことになる!」というものです。
実際にその時は、つらく、苦しくても後になって
「いい経験だったなあ」と思う事が多いはずです。
すべての経験がその後の成長の糧になるようになっているのです。
日々の暮らしの中で、今後について
「うまくいかないかも?」とか「失敗するかも?」といった心配がよぎったら
「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」と自分に言い聞かせましょう!
楽な気持ちで何事にも向かっていけるはずです。


💎人間関係は「合わせ鏡」!

「坊主憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い!」という言葉があります。
故に、いい所に目を向けるという事が大切ということです。
「この人のこういうところ好きだな!」と思って接すると相手にも
その気持ちが通じるようになっているのです。
不思議なもので「好き」には「好き」、「嫌い」には「嫌い」が
返ってくるようになっているのです。
いい所のない人はいないので、
「わがままだけど優しい所がある」
「威張り屋さんだけどエネルギッシュ」
「怒りっぽいけど正直者」といった具合に
悪い所をひっくり返してみると案外うまくいくものです。
ナンチャッテ!マジ!


💎いつも上機嫌!

難しいかもしれませんが、何があっても笑顔をこころがけましょう!
メリットとしては、
オープンマインドの象徴&人の花が咲くからです。


💎誰の心の中にもいる力強い味方!

人付き合いの中でもっとも大事にすべきは「もう一人の自分」です。
自分を救ってくれる存在だからです。
「もう一人の自分」に話しかけて下さい。必ず救ってくれます。
ですから、もう一人の自分を磨き上げることで、
正しい自分に戻してくれるので、迷いも悩みも消えてすがすがしい気持ちで
人生を歩んでいけるという事です。























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