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コラム
💎「アルベルゴ・ディフーゾ」とは⁈

個性豊かな美しい村で、古民家やバール(BAR)を行き来しながら
暮らすように滞在する。
イタリアで誕生した”アルベルゴ・ディフーゾ”と呼ばれる宿の事です。
青い海を望むかわいらしい漁村から、険しい山々に囲まれた限界集落まで。
小さくなおかつ魅力的な街作り!です。

直訳すると「分散した宿」という意味です。
イタリアに何度か旅行した経験がある人ほど、
びっくりしてしまうような宿が多いのが、アルベルゴ・ディフーゾなのです。
レセプションに誰もいない、
鍵が開かない、
シャワーのお湯が出ない、
キッチンの火がつかない、などのトラブルがしょっちゅう起こる。
トラブルが発生したときにスタッフをつかまえるのも一苦労で
何の知識もなしに泊まると戸惑うことだらけのはずです。
なぜ、こんな不便な宿にわざわざ泊まるのでしょうか⁈

アルベルゴ・ディフーゾのアイデアは、
1976年にヴェネツィア北部のフリウリで起こった地震のあと
住民が出て行って増えた空き家をどうにか観光に生かせないかということから
発案されたものなのです。
その後、最初のアルベルゴ・ディフーゾができるまでに20年近くかかっています。
それは、宿泊業として認可されるまでにさまざまな障害を乗り越える必要が
あったからです。
この試みは、なぜイタリアで生まれたのでしょうか?

まず「アルベルゴ」とは、イタリア語で「宿」という意味です。
わざわざイタリア語で命名したのは、
「ホテル」「リゾート」「ベッド・アンド・ブレックファースト(B&B)」
などといった英語名の宿泊施設のスタイルが流行する中で、
イタリアらしさを取り戻したいという思いが詰まっているからなのです。
イタリアを何度か旅した人の中には、
ホテルの星の数とサービスの質とが必ずしも一致しない事に気づいた人も
いることと思います。
マニュアル通りに接客をして、余計なことには介入しない高級ホテルに
よくあるスタイルは、個性豊かなイタリア人には向いていないのです。

もともとイタリアには、昔ながらのやり方で経営される「ロカンダ」と
呼ばれる食事処を兼ねた宿屋がありました。
宿の主人が旅人をあたたかく迎え入れ、おいしい地元の伝統料理で
もてなしてくれる、日本で言えば「民宿」に相当します。
17~18世紀には、北ヨーロッパの上流階級の若者や文化人が
こぞってイタリアやフランスを目指して旅しました。
このいわゆる「グランドツアー」の時代に、ロカンダは、浸透したのです。
この時代を描いたゲーテの「イタリア紀行」にも何度も登場し、
これこそがイタリアらしい伝統的なおもてなしだったのです。

しかしながら、昔ながらのロガンダのスタイルそのままでは、
世界中からやってくる観光客に快適な滞在を提供することができない。
そのためにアルベルゴ・ディフーゾ協会では、
各部屋にバス・トイレ・電話・冷蔵庫・Wi-fiなど
通常のホテルと同様の設備をすべて備えることが理想であると定義しています。
つまり、アルベルゴ・ディフーゾとは、あたたかいロカンダのもてなしに
快適さをプラスした、現代のイタリアらしい「おもてなしの宿」という事なのです。

また、「ディフーゾ」とは、「散らばっている」という意味です。
大きなホテルならばひとつの建物の中にあるはずの
レセプションや客室、朝食ルーム、レストラン、会議室、土産物屋
スパなどといった様々な施設が、小さな町や村に分散しているのです。
協会の定義では、観光客が無理なく移動できるよう
それぞれの建物は、200m以内にあるべきとしています。
アルベルゴ・ディフーゾで客室として使用されているのは、
ほとんどがかつての空き家なのです。
イタリアは日本に次ぐ高齢化国家であり、
廃墟化した集落や増え続ける空き家が大きな問題となっています。
しかし、使われていない建物や空き家を客室として再利用することは、
ヨーロッパにおいてはそれほど珍しいことではないのです。
古城や修道院跡、古い貴族のパラッツォ(邸宅)が、
改修されたのちに学校や商業施設として使われるのはこれまでも普通に
行われてきたのです。
アルベルゴ・ディフーゾが画期的なのは、
名もない建築家や職人が作った古い住宅を、
その土地の文化的遺産としての価値を認めた上で再利用していることです。
慣行の目玉となるような史跡や建物がない小さな町や村でも、
代々引き継がれてきた住宅を再利用することで
魅力的な滞在拠点を作り出すことができたのです。
故に、客室は町や村のあちこちに散らばっているのです。
また、宿の施設が町や村の中に点在していることで、
地元住民とコミュニケーションをとりながら暮らすように滞在できるのも
魅力の一つと思います。

あるアルベルゴ・ディフーゾを作った不動産業を営んでいた人がいます。
最初は、過疎の町の不動産に関心を寄せる変な人と陰口を叩かれたり
条例の要件を満たしていないと罰金を払わされたこともあったという。
宿泊する「家」が離れているため、家ごとに電気、水道、下水、ガスなどを
引いて契約しなければならないのも大変なのです。
軌道に乗せるまでには、どのアルベルゴ・ディフーゾも苦労が多いのです。
この不動屋さんは、古民家だけではなく町の中にある廃業したレストランも
購入して、町の人達を積極的に雇用するなどして、地元との繋がりを
保とうとしたのです。
さらに、かつてのレストランの名をあえて残すことで、
時間の連続性を断ってしまわないように配慮したという事です。
そうした姿勢が、地元の人々にも伝わっていって、
「家」の周りには、今も多くの人々が暮らしていますが、
視線が合えばみな「ボンジョルノ!」と声をかけてくれます。
入り口の鍵が開かずにオロオロしていると、どこからか
おじさんが寄ってきて「ちょっと貸しなさい」と手助けをしてくれます。
また、アルベロベッロという世界遺産の町があります。
毎日、世界各国から大勢の観光客が大型バスでやってきて、
土産物屋ばかりになってしまった町の路地巡りをします。
住民も何も買わない観光客にそっぽを向いています。
そちらを選ばずに、わざわざアルベルゴ・ディフーゾのある小さな町へ
泊まりに来るのは、他では味わうことのできない魅力と居心地の良さ
あるからだと思うのです。

アルベルゴ・ディフーゾの経営者には、
宿泊業としての事業の利益だけに留まらず、村の諸問題にも敏感で
社会問題に積極的に取り組んでいる人が多いのです。
そのような経営者のところには、必ずよいスタッフが集まってきます。
そしてよいスタッフたちが楽しそうに働いているところを見ると
村人も自分の家の外壁を塗り直したり、窓枠を町の色と合わせたり
土産物屋やバール(BAR)をやってみたりとポジティブな動きが出てくるようです。
村の人達も旅行者が来たことで自分たちの生活の視野が拡がったと感じて
村の中に幸せオーラが漂い始めるのです。
宿を経営する限りは、接客のプロでなければなりません。
しかし、それ以上に人間的魅力が強く感じられて強烈に郷土愛を
表現する人が、アルベルゴ・ディフーゾの経営者には多いのです。
もちろん、きちんとリノベーションされた客室や快適な滞在のための
設備は必要です。
しかしそれは、アルベルゴ・ディフーゾの最優先事項ではありません。
何よりも大切なのは、地域を引っ張っていく信頼できるリーダーがいることです。そして、
小さな試みでもいいから、地域の文化を守る活動を継続することなのです。
そうすることで地域の人達自身が、どのようなアルベルゴ・ディフーゾが
この地域にはふさわしいのか、自分たちは地域の為に何ができるのかを
考え始めるという事なのです。(これが文系力というものです!)
建築家(理系)が出てきて改修を始めるのはその後の事なのです。
空き家の再生だけが目的でアルベルゴ・ディフーゾを始めたころは、
経営不振に陥っていることが多かったのです。
町や村のリーダーともいえる経営者自身がどれだけその地域に貢献しているかが、アルベルゴ・ディフーゾのクオリティーを決定づけているのです。
彼らの生き方や哲学そのものが地域再生の起爆剤となっているのです。

アルベルゴ・ディフーゾの思想は、
観光地に建つ巨大な箱型ホテルに、真っ向から反対するものです。
かつて日本でも、朝市、カラオケ、夜のショー、夜食のラーメンまで
ひとつのホテルで完結する「囲い込み型」の大ホテルが流行でした。
しかし、大ホテルが栄える一方で、地域はやせ細り、
長い目でみると観光地としての魅力が薄れることがわかったのです。

ここ数年は、限界集落を放棄して「コンパクトシティ」を
進めようとする政策があります。
日本全国で高齢化が進み、空き家が800万戸超にも達して、
地方には仕事もなく、各自治体が税収減に悩んでいるという状態です。
そういった中で、都市機能や居住地域を小さくまとめて、
行政効率のよいまちづくりを目指すというものです。
目指す結果が、限界集落というものが放棄される結果と現れてしまうのです。
アルベルゴ・ディフーゾというのは、こうした集落を救う一つの方法に
結果的になったわけです。

政策と逆行するように、日本でも自然環境がよく、地価の安い地方で
農業や漁業、教育や福祉などで自分なりに事業を起こしたいという
若者も増えて現在に至っているはずです。
インターネットを宣伝の媒体として活用して!
「地域おこし協力隊」などの若者雇用やIターン政策も
今までに進められています。
なお一層、今からの時代、アルベルゴ・ディフーゾという
試みは、大きなヒントになるはずと考えます。

また、日本でも、古民家、空き家などをリノベーションしたゲストハウスや、
集落の文化遺産を生かした分散型の宿が増えつつありますが、
そのほとんどは、行政や国の補助金が入るしかないので
これまた画一的なモデルとなってしまうのはやむを得ません。
自分の街を愛して、リノベーションも地域に根ざしたやり方を選んで
「みんなでよくなろう!」とするイタリアの個性的な宿作りには
学ぶところが多いはずです。
それから、日本には1週間こうした宿に滞在できるような長期のバカンスが
ありません。
イタリアのように、ドイツ、フランス、北欧などから
比較的ゆとりのある人々が車で旅するということも期待はできません。
現在は、コロナ禍ではありますが、アジア圏の人達の訪問は途切れてないように思いますが.....!
日本のゲストハウスや町宿には、まだトイレやシャワー、バスなどの設備が圧倒的に不足している気がしている次第です。

このアルベルゴ・ディフーゾの考えが最初に実現したのが1995年、約30年前です。今は、2024年です。
そして、2006年には協会ができたのです。約10年前です。
このアルベルゴ・ディフーゾを考案するのには、2つの事がヒントになったという事です。
ひとつは、イタリアの家族の在り方です。
イタリアでは、子どもは結婚しても親の近くに住みたがります。
家族が大事ですし、マンマの味を食べたいものだからです。
このことから、家族や兄弟のようにつながるネットワーク型の宿を思いついたという事。
もう一つは、日本の旅館に泊まった時に
欧米の近代的・画一的なホテルとは違う事に気づいたこと。
それぞれの部屋にバリエーションがあり、
部屋付きの仲居さんもいる。
親切であたかも部屋が一つの家のようだったこと。
さらに外に出ると、そこにはヒューマンスケールの街並みがあって、
共同浴場や土産物屋、射的場まであったという事。
そこから、イタリアでも古い民家を改修して、
土地の文化を大事にしたおもてなしをする宿を考えるに至ったという事です。

2018年の統計では、協会には101の宿が登録されています。
事業主は、ほとんどが民間です。
一人でやっているところ、家族経営のところ、地域の協会や団体で
経営しているところなど、形態はさまざま。
年に1回、問題点を話し合うための総会を開いていて
スペイン、クロアチア、スイスなどにもアルベルゴ・ディフーゾが生まれているとのこと。
日本人の訪問も増えているとのこと。

「のんびり夜型な、イタリア時間」!
イタリア人は、仕事のない日の午前中には、広場やバールなど、
人が集まるところへ行くのが好きです。
友達や近所の人と挨拶を交わしてベンチで談笑するという事が
好きです。
バールのテラス席で道行く人を眺めながら、
コーヒーや食前酒などを飲む人もいます。
昼食を食べた後は、自宅のソファやベットで、
テレビを見たり、読書をしたりしてゆっくりと休むのを好んでいます。
16時半ぐらいになると、また外へ出かけて夕食前まで散歩をして、
おしゃべりをします。
働く人も、昼には、いったん自宅に戻って昼食をとり
少し休んでからまた会社に戻るというスタイルが特に小さな町や村では多く見られるのです。
夏には、時間帯が少しずれます。
涼しい早朝に海や川、山歩きに出かけて、
気温が上昇する午後は、自宅でのんびり過ごして、
18時くらいまでは人は外に出てきません。
そして、夏の夜は、イタリア人が何よりも楽しみな時間なのです。
シャワーを浴びて、おしゃれな格好に着替えて外に繰り出すのです。
レストランは、20時にオープンすることがほとんどですが、
外国人観光客が来ている町や村なら少なくとも19時半には開いていることが
多いのです。
食事が終わると、夜景のきれいなスポットや、多くの人で賑わう広場などを
目指して散歩をします。
その後もジェラートを食べたり、食後のコーヒーをバールで立ち飲みしたりします。
少し大きめの街になると、
夏の夜には露店や移動遊園地が並びます。
また、広場で映画の上映やコンサートが開かれることもあります。
夜に散歩をするイタリア人の中には、小さな子供を連れた家族も多いのです。
小さいころから、家に一人で残るよりも、皆と過ごすのがよいと教えられて
育つのです。
小さな町や村なら中学生や小学生だけで夜に出歩いていることもあります。
南イタリアでは、広場には、夜0時ころまでサッカーをする少年たちが
いるのです。
イタリアの学校は、6月上旬から9月上旬までの3か月間は夏休みなので
とくにこの時期は、子どもたちはすっかり夜型になってしまいます。
昼間は暑くて外で遊べないから仕方ないじゃないかというのが
イタリア人の説明です。
中学校に入るか入らないかぐらいの女の子たちも
少しセクシーな格好をして、グループで夜道を歩いています。
そうやって自分をアピールして大人の女性になって行くのですと....!

「町の食堂」!
食堂施設のないアルベルゴ・ディフーゾでは、
宿の人が近くにあるお勧めの食堂を教えてくれます。
イタリアの食堂は、白いテーブルクロスがかけられて、蝶ネクタイのウェイターがいる高級店の「リストランテ」から
もう少し気軽な街の食堂である
「トラットリア」「オステリア」「クッチーナ」「タベルナ」まで、
ランクに応じて呼び名が違います。
予算と雰囲気によって使い分けたいものです。
イタリア人は外食が好きで、小さな町の食堂には、夜になるとおしゃれをした人たちが集まってきます。
食事やワインはもちろん、おしゃべりを何よりの楽しみにしていて、
かなり騒々しいです。

食堂に入ったら、店の人が席に案内するまで入り口で待つのが普通です。
席についてもなかなかメニューを持ってこないし、
メニューは来たけど注文をとりにこない、だからイライラするかも!
ここはイタリア流にゆったりと構えましょう!
ランチが3時間というのもザラです。
食事よりも観光や街歩きを優先させたいなら、昼はリストランテに入らない方がいいと思います。

メニューは、
アンティパスト(前菜)
プリモ・ピアット(パスタ・リゾット・スープ)
セコンド・ピアット(肉や魚のメイン料理)
ドルチェ(デザート)
飲み物   
に分かれています。
そして、何でも量が半端ではないことです。

イタリアのパスタは、得も言われぬおいしさですが、
セコンドは、たいてい大きな肉を焼いたステーキとか魚のグリルとかで
それほどでもないという事です。
パスタは、日本で見かける細長いスパゲッティ以外にも
オレッキエッテ(耳たぶ型のパスタ)
タリアテッレ(幅広のパスタ)
ブカティーニ(筒状のパスタ)などたくさんの種類があります。
パスタ・フレスカと呼ばれる生麵も絶品という事です。

ワインは、グラスやデカンタ、ボトルなど
好みの量で注文することができます。
グラスで注文してもなみなみと注いでくれます。
水も必ず大瓶で頼むことです。ガス入りとガスなしがあります。
とびきりおいしいと思うのが、
スプレムータという生絞りのオレンジジュースです。
しぼりたての本物の酸味が喉にとっても快いとのこと。
街角でも売っているのでぜひ試してほしいとのことです。






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