💎生きるとは⁈
「自分の痛みを感じつくす」!
人生には、悲しいこと、不条理な事がたくさん起きます。マジ!
しかし、私たちのほとんどが本当には悲しまないまま、
あたかも何もなかったように振舞って、悲しみをやりすごうとします。
数年前、淡路島で花博が開かれたときのことです。
まだ元気だった父、母と神戸の家族で旅行に出かけました。
その数年前に脳出血で倒れ、車椅子生活になった母を励ます意味もあって、
楽しみにしていました。
花博の会場は人がいっぱいで、車椅子用のトイレを探すのに苦労をしました。
ようやくトイレを見つけましたが、待っても待っても中から人が出てきませんでした。
しびれを切らして、ドンドンとノックをしました。
すると、中から修学旅行で来たらしい中学生三人組が出てきたのです。
どうやらタバコを隠れて吸っていたようでした。
ふだんなら、笑って済ませられるのですが、この中学生たちに、
ものすごい怒りが噴出しました。
逃げる彼らを全力で追いかけ、襟首を捕まえました。
自分の中にいままで感じたこともない、とてつもない暴力的なものが
突き上げるのを感じたのです。
「おまえら、よくも気分が悪いと訴えていた僕の母さんを待たせて、
タバコなんか吸ったな。絶対に許さないぞ!」と怒り心頭に発しました。
あまりの剣幕に、中学生たちも真っ青でした。
しかし、この中学生がやったことは、羽目をはずしてタバコを喫っていただけなのです。
この異常な怒りは、自分の問題と気づいた私は、
「タバコは体によくないよ」と彼らにいって、怒ったことを謝りました。
少し落ち着いて、自分の中で起きたことを冷静に見ました。
すると、あの怒りは、少年たちに向かったのではなく、
母が病気で倒れたことへの無念、悲しみ、人生の不条理への怒りだったことに
気づいたのです。
それは、最愛の母が車椅子生活をしなければならない事への痛みでも
あったのです。
そこで初めて自分の中にあった、深い深い痛みにつながったのです。
あの大好きな母が病気になってしまった!という悲しみは、
本当は底なしに深かったのに今まで感じないようにしていたのでした。
それからしばらく、人ごみの中で大泣きしました。
噴き出る感情のマグマをどうすることもできずに、
悲しみと怒りと嘆きが混じった涙はしばらく止まることはありませんでした。
自分のなかにある痛みを感じなくすると喜びに鈍感になってしまいます。
感じる心は、人間の人生において一番大切なものです。
痛みを感じつくすとその分だけ自分の中の「愛情」がどんどん増えていきます。気づかない自分の痛みを愛し、恐れずに感じてみましょう!
「楽しいことで人生を満たす」!
人生には、仕事以外に実に楽しいことがいっぱいあります。
ですが、ほとんどの人が楽しいことは週末ぐらいにしか許しません。
楽しみには、いろいろな形があるのです。
・新しいことを学ぶ。(語学とか!)
・友人と外食をする。
・旅行に出かける。
・大好きなものを買う。
・好きなスポーツをする。
・プレゼントをする。
・部屋を整理する。
・ドライブに出かける。
・読書、音楽を聴く。
・家族で料理を作る。
・映画、演劇、展覧会、コンサートに行く。
・何か物を手作りする。
・自然と親しむ。
・マッサージをしてもらう。マッサージをしてあげる。
・体を動かす。
・好きなテーマのセミナーに行く。
・寄付をする。
あなたは、このうちいくつくらいを日常的にやっているでしょうか?
必ずしも、時間やお金のかかることでなくてもかまわないのです。
人生は思ったよりも短いものです。
できるうちに楽しみましょう!
「自分発で人生を生きる」!
おカネから解放された人というのは、独特の雰囲気を持っているものです。
それは「自分発で人生を生きている」という感じです。
何をするにも彼らは、最初に自分の意図を明確にしてからスタートします。
夢を実現させていくときだけではなく、日常生活でも「何をやりたいのか」が
はっきりしているのです。
彼らは、レストランで注文するときも意思決定が早いのでいつも驚かされます。また、買い物に行っても店員の態度や店の雰囲気に惑わされたりはしません。
精神的に自由な人は、周りの状況によって左右されないのです。
自分が欲しいものをはっきりと認識しているので、イエスとノーが
明確なのです。
迷ったりすることがほとんどなく、とても透明でクリアなものを感じました。
ふだんから自分の価値観が整理されているとこんなにもシンプルで無駄なく
生きられるのだと感心しました。
彼らは一瞬一瞬を心から味わい楽しんでいるように見えました。
誰かと話するとき、本を読んでいる時、テニスをしている時
どんな時も同じやさしい楽しさが流れているのです。
教えてもらったのは、「どんなことでも、自ら意図的に選択してやる」という事です。
そうすると「自分がすべてを決められる」という感覚が
身につくようになるという事です。
いい習慣が身につくという事です。
あなたが、やることを意図的に選択してみましょう!!
「時には声を出して泣く」!
今もそうだと思いますが、世界中どこの文化でも
大人が泣くということがあまり認められていないと思います。
人前で泣いたら、それこそ「大人げない」と言われてしまいます。
ネガティブな感情を表現することが許されていないのです。
特に男性は、幼稚園に通う頃から男は泣いていけないという文化的刷り込みを
されています。
その結果、泣くどころか感情も感じられないようになってしまうのです。
しかし、心が自由になるにつれ、感情も自由に感じられるようになるのです。
自分の好き嫌いや感情がわかるようになるのです。
感情を自由に表現するためには、まず最初に感じることです。
ポジティブ感情とネガティブ感情とを分けるわけにはいかないのです。
ですから、ときには大声で泣くことも自分に許してあげましょう!
泣くたびに心が自由になるのです。
抑圧していた感情が解放されて気持ちが楽になるのです。
そしてより多くを感じて、自由に表現できるようになるのです。
その結果、いろんな人と楽しく繋がれるようになって、
人生を心から楽しめる心の自由が手に入るのです。
「自分の人生がもたらすすべてを受け取る」!
人生には、いいこと、楽しいことだけではなく、
悲しいことや悔しいこともたくさん起きます。
ときにはどう考えても理解できないような不条理なこともやってきます。
いいことだけ起きてほしいと願うのが普通でしょうが
残念ながら現実の人生は、それを許してくれません。
しかし、これはその人にとってベストなことしか起きないと考えるべきと
思っています。
世間的に見てマイナスな事もです。
長い目で見ればその人の目に見えない人間的成長につながっているからです。
悲しみが深いからこそ、他の人に対して、共感できるのです。
苦しいと思える子供時代を送ったのも、今過去に同じ体験をしたり、
その渦中にいる人に手を差し伸べるためだと思っています。
どんなことも、あなたの人生にとってベストのタイミングで起きているという事なのです。
それを全身で受け止めて祝福できるようになるとあなたは輝きを放つように
なるのです。
あなたが自分らしく輝くことはあなたのまわりの大きな希望に
なるはずです。
80過ぎのおじいちゃんが、老人ホームのリビングで語りました。
「ここには人数分だけの人生がある。
カネを稼いだビジネスマン。
子供たちを教えた教師。
外交官や大学教授。
医者や弁護士。
あなたも十年もしたらここに来るでしょう。
でもそのときにあなたに残るのは、名誉や社会的地位でもなく
おカネや尊敬でもないのです。
思い出だけなのです。」と......!
「許せなかった家族を許す」!!!
家族を許せないという人は、思ったよりもたくさんいます。
家族や親戚との関係というのは、往々にしてこじれてしまうものなのです。
期待と役割と甘えが、人間関係に入り込むからだと思っています。
子供時代から続く確執を解くのは、簡単ではありません。
小さいころかまってくれなかった、妙にアホにされていた、
と言って親を憎んでいる人がいます。
父親と和解するなんて絶対に無理だ!と確信している人もいるはずです。
「誰かを許さないということは、囚人をとじこめておくための看守の仕事を
24時間やることと似ている!」
「人を許すのは自分の為なのです!」
幸せな人生にとって心の平安は大切な要素です。
誰かを許さないまま平安を得るのは不可能な事なのです。
でも、そんなことを言われても相手をそう簡単に許せないのが人情の
はずです。
父の為ではなく、自分の心の平安の為に父を許そうと決めたのです。
まず、どうして相手が傷つくことをしたのか?を理解することが
最初のステップとなるのです。
父にしてみればそういうモデルしか見ていなかったと思うのです。
家族の為に頑張りすぎて自分を見失ってしまったという事もあると思うのです。別にもう一つの家庭を作ったという事もです。
”ちんかおっちゃん”と呼ばれながらも......!
何か見返してやろうという気持ちが強かったのだと思います。
身近な人間とのかかわりもいろいろあったに違いありません。
でも、実の親なのですから.....!
冷静にみられるようになると父の生い立ちも戦争というものが
大いに影響していたものと思います。
父の父親はアメリカに料理の修行に行っているという話も聞いたこともあります?
小さいころからハンディを跳ね返そうとして途中でぽっきり折れてしまったことと思います。
家族と和解するときすべての人に平安がやってくるのです。
「子供時代の素敵な思い出をつくり直す」!
クリスマスプレゼントには何がいいと言われ
「楽しい子供時代の思い出」といった作家がいました。
私が仕事をやめてまで娘の育児にこだわったのは、
自分が体験できなかった幸せな子供時代を追体験したかったからです。
娘の幼稚園にボランティアをさせてもらったのも自分が癒されたかった
というのが理由とも思っています。
自由な子供時代を送れなかった人は、たくさんいるはずです。
自分で楽しかった子供時代をつくってあげることで
幼少期の思い出がつくり替えられます。
過去を幸せなものに変えられるのです。
ハッピーな子供時代を自分自身にプレゼントしてください。
「健全な孤独」を楽しむ!
ジョン・レノンのビートルズ時代の有名な歌「Let it be」は
「あるがままに」と訳されることが多いのですが
そのままでいいとか、ありのままに生きるという意味なのです。
あなたは、自分が自分であることを許していますか?
他の誰でもない、自分らしい人生を生きることを自分に許しているでしょうか?
自分らしくあるという事は、孤独感とも表裏一体です。
いったん自分らしい人生を生きようと決めたなら、
独りぼっちだと感じてしまう事が多々あります。
それは「あなたらしい場所には、あなたしか存在できないからです。」
この「健全な寂しさ」に耐える能力が幸せに生きるためには必要なのです。
私の周りで自分なりに成功している人達は、友人たちの「総入れ替え」みたいな事を体験しています。
自分とともに歩いてくれる友人もいる一方で、
そこにとどまる選択をする友人もいるのです。
これは「いい、悪い」ということではなく、
いろいろな種類の人生があるという事です。
自分らしく生きている人やライフワークをやっている人が
孤立しているというわけではありません。
自分らしい道を歩く過程ですばらしい友人にも出会えます。
ただ、仲のよい女の子同士が一緒にトイレに行くような付き合いが
なくなってしまうという事です。
「健全な寂しさ」を楽しめるようになって初めて、
幸せな人生の入り口に立ったことになるのです。
「自分にふさわしいもの」!
人間というのは、自分に許したものしか受け取れないのです。
自分の収入、仕事、パートナーシップ、住んでいる家まで、
みんな自分にふさわしいと思うものを手に入れています。
逆にいうと、ふだん想像しているもの以上は手に入らないのです。
たとえば、同じ仕事で今の収入が半分になったとしたら
あなたはその条件を受け入れるでしょうか?
多分、絶対に納得しないでしょう。
しかし、同じ仕事で収入が十倍になるとしたらどうでしょう?
逆にまた、それもとても受け取れないのではないでしょうか?
自分にふさわしいものは何か?
人間というのは、無意識のうちに決めているのです。
あなたにとって何がふさわしいのか?
もう一度考えてみる方が良いと思っている次第です。
「子育ては世界一すばらしいライフワーク」!
ライフワークとは、仕事ではありません。
今風に言うと、日々の”ルーティーン”に近いものであると言えると思っています。
自分らしさを愛する人と分かち合うことだとも考えています。
そういう意味では、子どもと最高の時間を過ごすのは、
すばらしいライフワークだといえると思うのです。
子供を預けて仕事に出るというのは、ライフワークではありません。
かといって別の仕事をしてはいけないということでもありません。
子供と一緒にいながらもライフワークの種を植えることはできるはずです。
子育ては「自分を100%与える」というトレーニングだと、私は考えています。ライフワークを生きるためには、必須の事になると思っています。
「子育てをやらされている」と恨みに思って生きるか
「子育てをさせてもらっている」という感謝で生きるかでは大きく違ってくるはずです。
仕事をやっている方が偉いという観念を手放して、
子供との時間を是非心ゆくまで楽しんでもらいたいと思っている次第です。
「人生の楽しさを見せることが最高の子育て」!
”子供は、親が何を言うかではなく生き方そのものをまねするよ!”
子供たちが将来、楽しい人生を送らなかったとしたら、
それは人生を楽しんでいいと考えなかったからだと思うのです。
両親が人生を苦しみの連続と考えていれば、子どもの立場からは、
自分だけ人生を楽しむわけにはいかないと考えてしまいます。
親ができる最高の事は、おカネを残したり、教育を授けたり、しつけをすることではないと思っています。
親が大好きな事をして、幸せに生きている姿を見せること、
それこそが子供にとっていちばんすばらしい贈り物ではないかと思うのです。
親が心ゆくまで人生を楽しんでいたら、
「大人の人生って楽しそうだな!早く大人になりたいな!」と子供は、
自然に思うはずです。
「子どもは、子ども自身で人生を歩ていくしかないのです」!
こどもの生き方に対してよかれと思うアドバイスをすることが
親の役割と考えるのは”勘違い”と思うのです。
難しいことですが、
親としてもっとも心得ておくべきことは、別にあると思っています。
それは、どういう状況でもじっと見守ることが親のあるべき
真の姿と思うのです。
子供が歩いていく人生で頭をぶつけることもあるはずです。
のたうちまわったり、ひどく傷つくすることもあるはずです。
どんなに危うくても、手をだしたくなってもという事です。
理由はただ一つです。
それが子供の運命であり、人生そのものだからです。
子どもが泣いて親もとへ帰ってきたときには、一緒に泣いてあげることです。
子どもと両親が生きていく時代、価値観というものが、
必ずと言っていいほど違うからです。
しかし、人間としての本質は変わりようがないという事は、
覚えておくべきことと思っている次第です。
子どもが生まれた時に、同時に零歳の両親が誕生という事になります。
それまでは、両親は、単に男と女だったはずです。
おたがいに零歳どうし、
失敗しながら悩みながら、傷つきながら、
親と子が一緒に生きていくと考えたらいいと思うのです。
親の権威とか威厳にこだわって、親の風を吹かせるのは実におこがましいと
思いませんか?
「人間に関わるすべての事はすべからくよくなるようにできています」!
これからの価値観について!
理系と言っても一部の人が脚光を浴びる時代のはずです。
昭和の”新人類”という価値観をあおり、
”個性演出”の時代と銘打って、個性演出の材料もそろったという事で
新人類が先導役となって経済活動を活発にし過ぎて
バブル&バブル崩壊を招いた時代がありました。
国民皆中流階級を目指しての成れの果てでした。
ちなみに、私の世代が新人類と呼ばれました。
私は、文系人間です。そして、1958年(昭和33)生まれです。
今からの令和時代、
昭和時代の「新人類」に相当するのが「Z世代」と言えると思っています。
AI&スマホを活用しての個性演出の時代になるはずです。
Z世代が先導役となって経済活動を活発にするはずです。
AI&スマホが個性演出の材料として整ってきているとも言えるはずです。
昭和にバブルという経験をしていますので、同じ形態にはならないはずです。
やはり、バブルとは教訓と捉えるのが妥当のはずですから。
さあ、どうなるのでしょう!
人間の本質は変わりません。
やはり、ベースは文系人間の文系力のはずです。
「全体像を把握してそのシステムの本質をつかんでいく!」という
視点で生きるという事です。
この感覚が自然と必要になるはずです。
さらに、直観力=科学なのですから!
文系人間の得意とすることです。
つまりは「モラトリアム人間」ともいえると思っています。
(追伸)
Z世代(小学校1年生~25歳)デジタルネイティブ世代(2024年時点)
スマホ、インターネット、ソーシャルメディア(SNS)と
生活を共有して育ってきている。
テクノロジーの使用に非常に慣れている。
ミレニアル世代(20代後半~40代前半)Z世代に一番近い世代
(2024年時点)
パソコン、インターネットの普及、ガラパコス携帯、スマホの台頭、
そして、デジタルテクノロジーが成長する中で育ってきている。
昭和の価値観のいい意味でのフィーリングも身についているという事が
言えると思っています。
ですからここのところが個性となるのではないかと思います。
例えば「文系力」というものです。
また、ポケモン、任天堂などのゲームが盛んになった時代。
テレビ、雑誌といったメディアに加えて、
ネット上で繋がれるコミュニティーやガラケー、スマホの画像で
楽しんできた世代。
「自分を世界一大切な人として扱う」!
良好な人間関係は言うまでもなく大きな幸せの源です。
その人間関係の中で一番大切な「自分」との関係を見直してみましょう!
まず自分自身に対して、愛と分かち合いの気持ちを持っていなければ
誰とも分かち合う事はできないはずです。
私たちの多くが自分の事をよくわかっていません。
そのために、その時の気分によって自分をほめたり、けなしたりしています。
世界で一番の親友というよりも、いじめっ子のように自分と付き合っている
のが実際のところのはずです。
幸せに生きるためには、自分自身に敬意をもって
「世界一大切な人」として扱う事です。
最高に素晴らしい人として自分と向き合い、その人(自分)の幸せを
心から願うのです。
自分を扱う態度は、他人に対する接し方につながっているのです。
自分を愛せる人は、周りの全てのものも愛せるようになります。
パートナーや家族に対して優しくなり、
自分の仕事、スタッフ、お客さんへの愛もあふれるようにわいてくるように
なるのです。
そういう人の行くところには、明るさと情熱、豊かさと幸せが拡がるのです。
自分や仲間、ライフワークに対する愛は周りに伝わり、
静かなワクワクの伝染がスタートするのです。
自分を愛し分かち合う分だけ、人に愛されるようになるのです。
くれぐれも自分に優しく、いたわりをもって接してくださいね!!!
「心の平安を人生の基準に」!
心豊かな人というのは、心の平安を心がけて生きているということです。
彼らは、「儲かりそうだ」とか「こちらの方が有利だ」ということで
物事を決めていません。
「自分がやりたいかどうか」や
「それが自分や周りの人を幸せにできるかどうか」で決めているのです。
この点にブレがないので判断に迷う事がないのです。
心の平安を基準に人生を生きると、
どんなことがあっても落ち着いていられるようになるのです。
つまり、感情がぶれることが少なくなるので、
いろんなストレスというものが、自分でも驚くほど消えてなくなるという事です。
例えば、いいことがあっても大喜びせずに、静かに「よかったね!」というようになります。
逆に、よくないと思うことが起きても「あっ、そう、まあ大丈夫だよ」と
静かに答えられるようになるのです。
ちなみに「心の平安を何よりも大切にする」生き方は、
おカネがなくても始められます。
「まず自分育てから始めましょう」!
私は、「人は生まれつき豊かになるようにできている」と考えています。
健全な両親のもとに生まれ育って、自分らしい才能を開花させることが
できれば、豊かな人生を送れない方がおかしいと思っています。
しかし、ほとんどの人がなぜか豊かな暮らしをしていないのか
わかりますか?それは、
私を含めて、100%理解のある両親のもとで生まれ育った人がほとんど
いないからと思うのです。
どちらかというと、自分の才能を両親や先生に信じてもらえずに
自分でも捨ててしまったかも知れないからです。
小さいころから適切な励ましがなかった人は、自尊心が低いままに
育ってしまいます。
だから何かをやろうとしても、失敗が怖くて前に一歩を踏み出せないのです。
でも、今からでも遅くはありません。「自分育て」から始めてみましょう。
自分を認めてあげて、自分の中に眠る才能を少しずつ育て上げるのです。
傷ついた自尊心をもう一度取り戻してあげながら、
本来の才能を見出して、それに磨きをかける作業をするのです。
あな自信が自分のコーチになって励ましてあげて下さい。
大切なのは、すぐに結果を出そうとはしないことです。
たとえ何年かかろうともあなたらしい才能が発揮できればしめたものです。
それがあなたの自信となってさらなるチャンスを引き寄せるのです。
自信というものは、自分らしさというものを分かち合うと、
どういうわけか必ずファンができて、あなたを応援してくれるように
なるのです、不思議なことに!
故に、ゆっくりとなおかつ着実に、「自分育て」をしましょう!
「一歩先に豊かに」!
成功というものへの恐れが人間にはあるという事です。
成功を怖がるなんてことがあるのかなと思うのですが、
ちゃんと考えてみると確かに怖いことになってしまうのです。
何故ならば、たいてい幸せな人、豊かな人というのが身近には
なかなかいないからです。
したがって、自分だけが豊かになっている姿を想像すると
すごくずるい感じがしてしまうからなのです。
だから先にいかなようにするわけです。
しかし、あなたが最初のリーダーになるのです。
すると、友人たちも追随するという事です。
自分が最初に、豊かで幸せになるには、勇気が必要となります。
信念とでもいうべきでしょうか!
とくに日本の文化に根付いている、「みんなと一緒がいい!」と
される文化では大きな決断となってしまいます。
しかし、あなたが先に行くことで、周りの人たちに
「ああ、そういう生き方ができるのか!」と
新しい可能性を見せてあげることができるはずです。
あなたが豊かになったとしても、周りの人は一緒に来ないかもしれません。
それでもあなたは先に行くかどうか?です。
信念&勇気というものがこういう時、人間には必要となるのです。
人間の道理です。
こういうフィーリングをもつということ自体が大切なことのはずです。
神様仏様があなたに授けたことと言えると思うのです。
ですから、これには逆らわないことが真実といえると思っている次第です。
💎おカネとは⁈
「人脈を金脈に変える」!
人脈というのは、一言で言うと「大切な友人のリスト」です。
心から応援したいと思う人が人脈です。
何をおいてでも助けに行く友人が何人いるかが、
あなたの人生の豊かさを決めているのです。
ところが、普通の人は、人脈は
「自分が困った時に助けてくれる人」だと思っています。
人によっては、利用する相手としか思っていないこともあるのです。
(私の父は、家族までも利用する相手とみなしてしまった人間に
なってしまっていたという事に憤りを強く感じたという事です。)
それは、とんだ思い違いです。
人脈というのは、一緒に成長していく仲間なのです。
人脈の本質は、情報を共有する互助グループなのです。
損得抜きでトコトン一生つきあいたいかどうかという
「マスターマインドグループ」なのです。
マスターマインドとは、心が深い所で繋がっているという事です。
たとえば、”アロマ”のことについて教えてくださいと投げかけると
たくさんの人達から連絡をもらえます。
企業買収に関する情報が欲しいと思った時に、
一人に問い合わせをすれば、たちまち最新の情報、弁護士の名前と連絡先が
手に入ります。
まさしく人脈とは、新しい情報、出会い、感動を食べ物にして、
大きくなっていく互助グループなのです。
こういう人脈をつくり上げていく方法は、
まず自分が与える人になることです。
自分の人脈には、おカネ、友情、信用、情報を100%与えることです。
自分の家族に分かち合うように、知っていることはなんでもオープンにして
教えてあげて下さい。
この時に見返りを期待してはダメです。
大切なのは、どれだけ一人ひとりと深い関係にあるかどうかです。
その人との繋がりが深ければ、いざというときに助けになってくれるからです。
「”愛”が大きい人ほど成功する」!
愛にもいろいろあります。
ロマンスもありますし、何かが大好きで仕方がないとか、
情熱がいっぱいだという愛もあります。
たとえば、ホンダの創業者の本田宗一郎さんは、
物を作ることが大好きでした。
オートバイや車への愛が、彼の成功を作ったといえると思います。
コンピュータと言えば大型しかなかった時代に、
すべての家にパーソナルコンピュータを普及させたいという願いをもった
アップルのスティーブ・ジョブズ。
世界の人が愛で繋がれることを夢見たジョン・レノン。
それぞれの分野で並外れた愛情や情熱がある人達です。
そこまでビックでなくても、
愛や情熱がいっぱいある人は身近にもいるものです。
単に仕事だからやっているという人よりも何倍も成功しています。
あなたは、今の仕事を愛していますか?
今の人生を愛していますか?
愛している分だけの報酬と幸せが手に入ります。
あなたが全身全霊で打ち込めることをやって下さい。
愛するライフワークをやっている人は、
多少の時間差はあっても必ず成功していくのです。
「おカネの問題にすり替えない」!
「おカネがないからできない」と感じていたら
ほとんどの場合、それはおカネが問題ではない事の方が多いようです。
経験上!
人生には、いろいろな問題が起こります。
おカネは、人生のあらゆる局面に顔を出すので、一見すると
おカネの問題のように見えるかもしれません。
「おカネがなくて留学ができない」といった学生がいました。
けれども留学したいと心から願うならば、奨学金をもらうという方法もありますし、お金持ちに頼み込んでおカネを出してもらったという知人も実際にいるのです。
おカネがないのが問題なのではなく、
その問題をクリアしようとする熱意、クリエイティビティ―がないのが
本当の問題なのです。
また、ある主婦の人には、
「ライフワークを見つけたいけどおカネの余裕がない」と相談されました。
話を聞いていくと、姑との仲が嫌悪な状態で、
ライフワークを始めたら母親に何か言われるのではないかという恐れが
本心であることが分かったのです。
同時に、自分の自信のなさも少しあるのです。
問題の核心はおカネや時間ではなく、”家族の問題”と”自信のなさ”だという事
が判明したのです。
ピアノを習いたいという娘に、
「おまえは何をやっても続かないからダメだ!」と怒鳴った父親がいました。
でも、本音は「おカネの余裕がないからできたら習わないでくれ!」という
ことだったはずです。
娘さんの問題にせず、自分の問題として父親が説明できれば
どれだけ親子の間の絆が深まったことでしょう!
父親がおカネの事をよく理解していたら、
「お父さんはね、いまおカネをたくさん稼げる仕事をやっていないから
おまえにピアノを習わせるだけのおカネがないんだよ。
でもそれはおカネの問題でなくてね、お父さんの仕事の問題なんだ。
おまえを巻き込んで申し訳ないね」と言ってくれたとしたら
娘さんも理解を示してあげることもできたはずです。
おカネの問題だ!と感じた時は、
どこに問題の本質があるのか?をよく考えなくてはなりません。
簡単におカネのせいにはしないことです。
これができるようになると夫婦や家族の絆がより深まるはずです。
「おカネとの付き合い方を見直す」!
ふつうの人は、おカネに対していろいろな種類の感情を感じています。
日常的に喜び、怒り、悲しみ、感謝など.....!
ほぼすべての感情がおカネを稼ぐときや使うときに出てきます。
それだけ、おカネは、人の感情を浮き彫りにするのです。
父が税理士だった関係で、私は小さいころからおカネに関する
ドラマをたくさん見てきました。
大成功した人もいれば、一家心中した人もいました。
そのときは、父が葬儀委員長をやったのを覚えています。
おカネとは不思議なもので、人によってまったく体験が違います。
それは、おカネとの付き合い方が違うからです。
ある人は、おカネにこづきまわされ、いじめられ、脅されています。
ある人は、おカネに愛され、大切にしてもらい、
人生がもたらすすべてのいいものを提供してもらっています。
どうして、この違いが出てくるのでしょうか?
それは、おカネとの付き合い方が人間の人生を決めてしまうからです。
もし、おカネが人間だったとしたら、
あなたはその人をどのように扱っていますか?
・相手が家に来たらそのまますぐに監禁してしまう。
・最高の友人として扱っている。
・できるだけ付き合いを避けようとしている。
・存在を無視している。
・存在していることに怒っている。
・どういうわけか憎しみを感じている。
・その人が好きですか?
・その人はいい人でしょうか?
・そのひとは意地悪な人でしょうか?
・感じているのは、悲しみですか?
・感じているのは、喜びですか?
・感じているのは、ワクワク感でしょうか?
あなたは、おカネに対して日常的にどのような感情を抱いているのでしょうか?
おカネに対する感情を思い浮かべて書き出してみましょう!
「過去のおカネにまつわるドラマを思い出す」!
おカネと平安につき合うためには、
おカネを見た時に感情的に動揺しないだけのバランスを保つ必要があります。
普通の人にとっておカネは、
自由の象徴に見えたり、神様、悪魔、災いのもと、魔法のランプなど、
いろんなものに見えたりするものです。
それは、ごく小さいころからおカネに関しての刷り込みがあるからです。
例えば小さいころ、
お父さんとお母さんが喧嘩するのを見た。
祖父母と両親が対立した。
親戚がおカネでもめた。
両親が破産した。などの
ドラマの体験があるからです。
また、本当にやりたかったバレエ、ピアノのレッスン
サッカー、野球、などの道具を買ってもらえなかったことなど
おカネに関する痛みは、どんな人にもあるものなのです。
子供時代の私たちには、事情が呑み込めずにおカネが悪者だと
誤解してしまいます。
おカネさえもっとあれば.....と恨みにも似たような感情を抱きます。
それがのちにおカネに中毒する原因になるわけですが、
その痛みを癒すことなしにおカネに対して、心の平安を保つことは
難しいでしょう。
最初のステップは、当時の事を思い出しながら、実際に何が起きたのかを
理解することです。
例えば習い事を習わせてくれなかった当時の両親の生活を、
大人になったあなたなら想像できるはずです。
理不尽にあなたの望みを拒絶した父親は、あなたのことが嫌いだったわけでは
ないはずです。
仕事がうまくいかずにイライラしていて、あなたのリクエストは
大きな負担に感じたのかもしれません。
そして、申し訳なさ過ぎてあなたに厳しい言葉を投げかけたのかもしれません。父親がおカネに関して人が変わったようになったのも事実です。
私自身、父を許し、母を受け入れ、過去を自分なりに受け入れた時から
心の平安がやってきたのです。
それでようやく、おカネとも健康的な付き合いができるようになったのです。
あなたの小さいころは、どんなおカネのドラマがありましたか?
そのドラマによってあなたは、おカネとはどういうものだと考えるように
なったでしょうか?
ドラマの登場人物の人生がどんなものだったか想像して見て下さい。
彼らの事情を理解できるでしょうか!
できれば、彼らを許してあげて下さい。
あなたの中のおカネ観がひとつ癒されることになるのです。
私にとって両親等は、反面教師の存在と悟りました!