「父親を変えようとしたことはありますか?」そう聞かれたら「そんなこと、考えたこともない」と答えると思います。でも、あらためて記憶をたどってみると、僕の場合、マイルドな形で、父ちゃんに働きかけようとしたことが、一度だけありました。
メッセージを乗せた紙飛行機
小学校一年生か二年生の頃だったと思います。兄と一緒に、新聞紙で少し大きめな紙飛行機を作ったことがあります。その紙飛行機に「オムライス」とだけ書き込み、窓際に座っている父ちゃん宛に飛ばしました。
このアイデアは、当時の小学校の国語の教科書から拝借したものでした。話しかけるだけでも、少し勇気がいるくらい、近寄りがたい存在だった父ちゃん。それでも、どうにかコミュニケーションを取りたくて、教科書で読んだ「紙飛行機にメッセージを乗せる」という方法を、思い出したのだと思います。一人では心細くて、兄に手伝ってもらい、二人で実行しました。
父ちゃんの反応
僕の記憶に残っているのは、父ちゃんが紙飛行機を手に取り、「オムライス」の文字を確認していた姿です。それを見届けた僕と兄は「オムライスが食べたい!」と声を揃えて叫び、そのまま笑いながら自分たちの部屋に戻っていきました。
その後、オムライスを食べた記憶が無いので、たぶん、その要求は通らなかったと思います。と言うのも、僕たちの食事は、基本的に、食堂で働いていた母ちゃんが、手が空いた時間に作っていたからでした。
新聞紙で作った紙飛行機を飛ばしたときの、ちょっとした達成感とおかしさの方が、記憶としては強く残っています。
直接言えないから
今振り返ると、これは「父ちゃんを変えよう」とした、数少ない試みだったと思います。ただ、その方法は、真正面からの要求ではなく、紙飛行機という、かなりマイルドで、少しおどけた方法でした。
面白いのは、この「ダイレクトに要求するのではなく、間接的な方法で要求する」というやり方が、父ちゃん自身のコミュニケーションのスタイルとどこか重なっているところです。前回のブログで、父ちゃんが、兄に進路に関して、直接答えを示さず「なぜ日本は中国や韓国と仲が悪いと思うのか?」という質問だけを投げかけたエピソードを書きました。答えをダイレクトに与えるのではなく、間接的な形でやりとりをする。もしかしたら、このスタイルは、子供である僕たちにも、知らないうちに伝わっているのかもしれません。
記憶に残る挑戦
紙飛行機のコミュニケーションを通じて、父ちゃんが何か変わったわけでもありません。それでも、あの紙飛行機は、無駄ではなかったと思います。近寄りがたい相手に対して、子供なりに知恵を絞り、工夫して、何とかコミュニケーションを取ろうとしたこと自体が、子供だった僕にとって、ひとつの挑戦だったのだと思います。
父親を変えることはできなかったかもしれませんが、そのことを思い出すと、今でも懐かしさがこみ上げてきます。
あなたにも、子供の頃、直接あるいは間接的でも、父親を変えようと挑戦した記憶はありますか?
サービス内容で公開している18の質問には、こうした「伝えたかったけれど、直接は伝えられなかったこと」を振り返るための問いも含まれています。ご自身の記憶をたどってみると、思いがけない発見があるかもしれません。