父ちゃんは何でもお見通し?!

父ちゃんは何でもお見通し?!

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僕は小さい頃、父ちゃんは「何でも知っている」という印象がありました。知っているというより、子供のことはすべて見通している、という方が正確かもしれません。
今日は、そのことを思い出させる、二つのエピソードを紹介します。一つは、ちょっと生理的な内容を含みますので、もしお食事中の方がいらっしゃいましたら、先に謝っておきます。ごめんなさい。お食事中でない時に読んでいただけたらと思います。

トイレの音でバレた

小学校6年生か中学1年生の頃だったと思います。お腹を壊して、下痢だったときのことです。トイレで用を足していると、その音を聞きつけた父ちゃんが、ドアの外から「開けろ!」と怒鳴ってきました。
びっくりしたのと恥ずかしさで、ドアを開けずにいると、さらに強い口調で「開けろ!」と言われ、怖くなって開けてしまいました。父ちゃんは、僕の排泄物を確認すると「いつからだ?」と色々質問してきて、答えを聞くと「わかった」と、自分なりに納得していました。
用を足している息子にドアを開けさせる父親は、あまりいないと思います。今なら、父ちゃん自身が長年タクシーを運転して内臓を壊していたので、息子も同じようになっていないか心配していたための行動だったと理解できますが、当時は、ただただビックリしました。

買い食いもバレていた

もう一つ、小学校3年生くらいの頃の話です。当時、書道の塾に通わせてもらっていて、帰り道に、ちょっとしたお菓子を買って帰ることがありました。もちろん、親には内緒です。
ある日、家の階段で父ちゃんとすれ違いました。父ちゃんは、僕のカバンの中をちらっと見ただけで「あっ、こいつお菓子買ってるな」という顔をしたんです。でも、何も言いませんでした。
カバンの中身なんて、ちらっと見ただけでわかるはずがないのですが、父ちゃんには、なぜかお見通しでした。何も言われなかったことで、余計に「全部わかってるんだぞ」という無言の圧力を感じたのを覚えています。

見えても何も言わない父

この二つのエピソードを並べてみると、父ちゃんの違う一面が見えてきます。トイレのときは、踏み込んで問い詰めてきました。でも、お菓子のときは、気づいていながら、何も言いませんでした。
父ちゃんは、見えていないふりが出来ない人でした。でも、見えているすべてを、問い詰める人でもありませんでした。健康に関わることには踏み込み、お小遣いの使い道のような、子供なりの小さな自由には、口を出さない。そこには、父ちゃんなりの線引きがあったのかもしれません。
子供は、父親が「何でも見えている」存在として育つことは、どこか、社会そのものを縮図のように体験することでもあるように思います。父親は、家庭と社会をつなぐ最初の橋渡しです。だから、父親に見透かされてきた経験は、やがて「悪いことしても、社会は見ている」という感覚にもつながっていくのかもしれません。
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