父ちゃんの口癖のひとつに「男は筋肉だ!」という言葉がありました。今回は、この言葉の背景にあるエピソードについて、書いてみたいと思います。
おじいの筋肉で家族が生き延びた
父ちゃんの父親、つまり僕のおじいは、明治生まれです。その時代だったからだとは思いますが、おじいは、長男ではなかったため、あまり勉強をさせてもらえなかったそうです。学問の代わりにさせられたのは、畑仕事でした。おじいは、特にサツマイモ作りが上手で「おじいのイモが欲しい」と、よくリクエストが来ていたそうです。
畑仕事で鍛えられたおじいの体は、第二次世界大戦の前、戦中、戦後という、厳しい時代を生き抜くうえで、大いに役立ったようです。一方、おじいの兄(長男)は、漢文の勉強はできても、体を鍛えていなかったため、とても苦労したといいます。
おじいには、学問がなかったかもしれませんが、筋肉がありました。社会の仕組みが大きく変わっても、自分の体ひとつで、たくましく生きていくことができました。土地を手に入れ、財産を築き、船で南米や南アフリカへ行ったことがあるそうです。南アフリカでは、体格が良かったおじいは、日本人にはみられなかったようだ、と父ちゃんが話していました。
おじいを間近で見て育った父ちゃんにとって「男は筋肉だ」という言葉は、単なるスローガンではなく、世の中に何かあったとき、筋肉のある男はどうにか生き残れる、という実感から出てきた言葉だったと思います。
こっそり筋トレ
ことあるごとに「男は筋肉だ」と口にしていた父ちゃんは、母ちゃんと一緒にやっていた食堂を、夜9時頃になるとシャッターを降ろし、その後、店の中をぐるぐると歩き回っていました。
傍目には、何か考え事があって歩いているように見えました。でも、今思うと、たぶん父ちゃんは、足の筋肉を衰えさせないために、人に隠れて足を鍛えていたのだと思います。周りに気づかれるような散歩ではなく、誰も見ていないところで、こつこつと頑張る。頑張っている姿をあえて人に見せないところに、武士のような姿を、僕は重ねてしまいます。
父ちゃんを真似ている僕
実は、僕自身も、自分の部屋で相撲の四股を踏んだり、ケトルベルを購入して体を鍛えたりしています。誰かに見せるためではなく、自分の中で、静かに続けている習慣です。
これも、おそらく、父ちゃんの「男は筋肉だ」という口癖が、知らないうちに僕に影響を与えている一例なのだと思います。言葉として直接、何かを教えられた記憶はありません。それでも、父ちゃんが、シャッターを降ろした食堂の中でこっそり足を鍛えていたように、僕も自分の部屋で体を動かし続けています。
おじいから父ちゃんへ、そして父ちゃんから僕へ「男は筋肉だ」という言葉と共に、人に隠れて体を鍛えることが、継承されてきたのかもしれません。
もしかしたら、あなたにも、家族の誰かの口癖や、こっそり続けている習慣が、気づかないうちに、あなた自身の行動の中に息づいているかもしれません。
サービス内容で公開している18の質問には、こうした「知らないうちに受け継いでいる言葉や習慣」を振り返るための問いも含まれています。ご自身の記憶をたどってみると、思いがけない発見があるかもしれません。