前回、自家製の青汁とトマトジュースについて書きました。市販品を「偽物」のように感じてしまう自分の感覚について触れましたが、今回もどこか似たような視点を引き継いでいるかもしれません。「本物」と「偽物」ではなく、「テレビで見る家族」と「うちの家族」という視点で書いてみたいと思います。
テレビの中の「理想的な家族」?
子供の頃、テレビドラマやアニメの「サザエさん」を見ていると、そこに描かれている家族を見て、「こんな家族って本当に存在しているの?」と、疑問に思っていました。
お母さんは、専業主婦で、いつも家にいる優しいお母さん。お父さんは、サラリーマンとして外で働き、経済的に困ることもなく、夫婦仲も良い家族です。「ドラえもん」も同じです。優しいお母さんは専業主婦、お父さんは外で働くサラリーマン。当時、僕が見ていたテレビ番組には、だいたいそんな家族しか出てこなかったように思います。
テレビで描かれる家族が、僕自身の家族とはまったく違っていたので、テレビを見るたびに「こんな家族、本当にいるの?」と、子供心に感じていました。
施設の子供たちがうらやましい
テレビからは、誕生日やクリスマスに、施設で暮らす子供たちが、プレゼントをもらう場面がよく流れてきました。自分にはそういうことがなかったので、「もしかしたら自分も両親がいなくて施設に入っていれば、あの子供たちのようにプレゼントがもらえるのに」と、プレゼントほしさから、そんなことを思ったりもしていました。
小さい頃の僕は「両親がいない方が、得なんじゃないか」とさえ思ったこともあります。でも、こうやって文章を書いていると、実際に僕を支えてくれていたのは「いつも家にいてくれた両親」だったのではないかと思っています。
僕の家では、母ちゃんが食堂を開いていて、父ちゃんがそれを手伝っていました。だから、父ちゃんも母ちゃんも、朝から晩まで、いつも家にいました。プレゼントも、父親の安定した給料もありませんでした。でも、僕が学校へ行くときには、父ちゃんが、うちの食堂で新聞を読んでいて、学校から帰ってきたら、テレビの部屋にいつもいました。
どういう形であれ、家に父ちゃんがいるという安心感を、僕はどこかで感じていて、それが精神的な安定に結びついていたのだろうと思います。いわゆる非行にも走らず、普通に育つことができたのは、そのおかげだったのではないかと、今になっては思います。
「普通の家族」?
こうして振り返ってみると、小さい頃には、実際に自分を支えていたものにまったく気づいてなかったことがわかります。
サラリーマンのお父さんと専業主婦のお母さん、という分かりやすい形ではなくても、父親と母親がいつもそこにいてくれるという、ただそれだけのことが、子供にとっては、何よりも大きな安心感になっていたのだと思います。
「うちは、テレビに出てくるような家族じゃない」と感じたことがある方も、もしかしたら、僕と同じように、形は違っても、ちゃんと支えられていた部分があったのかもしれません。
サービス内容で公開している18の質問には、こうした「子供の頃に感じていた安心感」を振り返るための問いも含まれています。ご自身の記憶をたどってみると、思いがけない発見があるかもしれません。