どうしても到達しないといけない領域があるんでしょうね。
記事
コラム
たぶん。
言葉で説明する“だけ”なら。誰にでもできるのです。
「ツインレイを語るなら」
でも。
“本当に”それを自力(2人)で乗り越えたのかどうかは。
やっぱり。
見ればわかるのです。
***
それは自力(2人)で越えるしかないのです。
他者に入り込める余地はないのです。
そのためにあるからです。
***
現実に誰も頼るな。と言う意味ではありません。
「やるのは自分である」と言うことです。
***
2022年6月の私の日々
https://coconala.com/blogs/2997019/211944
・―手放さなければ―
そう思うことそのものが執着なのです。だからもうそう言う<概念>は、いらないのです
・欲しい物を「欲しい」と言うことが悪のように感じていたのです。
私はわがままだと思われるのが我慢ならなかったのです。……でも、言いたいのです
・私は「自分の素晴らしい姿」を人に見せたかったのです。
都合のいい部分だけ見て欲しい…。そうではなかったのです
・私の心の動きのすべてが、あなたへ続く道なのだ。と、受け入れられたら。
まさか最後に出てきたものに、「何もない」と言う結論を出すと思いませんでした
・・・
ツインレイー愛は、……私なんですか?
https://coconala.com/blogs/2997019/251394
空っぽの自分。
私。
そこに――何もない。
そんな気分です。
愛は、……私なんですか?
愛は、貴方なんですか?
・・・
私は貴方と結婚するのなら、「母への怨み」とか「過去の人生の負債」みたいなものをもって嫁ぐのは嫌だと思いました。
https://coconala.com/blogs/2997019/347936
ずっと、泥沼の中をもがいているようでもありました。
溺れる真似でもしたら、貴方が飛んできてくれないか。そんなことも考えましたが、私は、自分で何かを成したくもありました。
泥沼をずっと、もがき続けて。
私が、深淵の底で見つけたのは、何もできない。
何も持っていない私でした。
それは“私”なのです。
世間で生きるために必要な物は何もない。
何かを持ってすらいない。
ただ、それは私なのです。
何もない。
何をする必要もない。
それは“私”である。
・・・
「ツインレイだからこう苦しむもの」みたいな決めつけが嫌いだったんだな。と、ふと思いました。
https://coconala.com/blogs/2997019/379857
マトリョーシカのように蓋を開けて行った先。
何もない
何も持っていない
何もできない
ただ、そこにいるだけ
でも、
それも私である
それは誰でもない「私」です。
元から私の中にいるのです。
私の奥底にいるのが、何をすることもできない「何もない無能な私」だったなんて、知りたくなかったのです。
だけどそれと向き合えたのも、貴方がいたからです。
...
ただ、うまく真ん中に戻れなくて、両極端の気持ちに振り回されたことはありました。
┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎
私の幸せの最大値は貴方なのです。
そして、
私の悲しみの最大値もまた、貴方なのです。
┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎┈︎
だけど、喜びも、悲しみも。
すべては、貴方が最高値をたたき出して更新してしまいました。
私は貴方でいっぱいなのです。
・・・
私は“ある”のです。貴方の中にありたいのです。
https://coconala.com/blogs/2997019/429528
泣きたくなるほどに、
裸の私には何もないのです。
だけどここにあるのです。
何もないのに。