私たちはハマグリの貝殻(二枚貝は対となる殻とのみ組み合わせられる)の、ようなものなのかと。
記事
コラム
【意訳】神のツインレイ統合へのいざない「Enter the Divine Twin Ray Reunions」
https://coconala.com/blogs/2997019/255845
At the Galactic levels, we started with ease and grace the separation process through several dimensions. This ensured there would be no harm to our Light Vehicles. For most of us, the memory of disconnecting is still painful at a deep cellular level. This will become part of the clearing process if one is brave enough to commit to this relationship on all levels again.
宇宙レベルでは安心感や神の愛を伴いながら幾つかの次元を通し、私たちは分離プロセスを始めたのです。これによって、私たちのライトビークル(光の乗り物)に害が及ばないようにしたのです。ほとんどの人にとって、切り離された記憶は、細胞の奥底でまだ痛みを伴っているのです。もしすべてのレベルでこの関係に再び関わる勇気があれば、これはクリアリングプロセスの一部となるでしょう。
※ Vehicle(ビークル)の意味:乗り物、車、手段、方法、媒体
関係があるのかわかりませんが、私は確かに、こう言う気持ちを抱きました。
私は、貴方の過去の傷を無かった事にはできません。でも、それが膿んで貴方を蝕むなら別です。
https://coconala.com/blogs/2997019/360351
カサブタ(瘡蓋)を剥がして、膿を洗って流します。
必要なら、傷口には私の愛を埋めます。
で、瘡蓋をまた戻します。
大丈夫、傷跡は消えません。
私は、貴方の人生を否定したくはないのです。
貴方がその時、そこで何かを。
もしかして、その傷跡とぴったり合うのが、私なのでしょうか。
「ハマグリの貝殻」みたいな。
ウィキペディア(Wikipedia)
貝合わせ
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貝合わせ(かいあわせ)は、平安時代から伝わる日本の遊び。
概要
貝合わせには次の二種がある。
1.平安時代に行われていた物合わせの一種 - 貝合わせは本来、左右に分かれて、貝の形・色合い・大きさ・種類の豊富さで優劣を競う貴族たちの遊びであった。
2.平安時代末期から行われている貝殻を合わせる遊戯 - 360個のハマグリの貝殻を左貝(出貝、だしがい)と右貝(地貝、じがい)に分け、出貝に合う地貝を多く見つけ出した者を勝ちとする遊び。
地貝と合致する出貝を探し出す遊戯としての貝合わせは元来貝覆いと呼ばれていたが、殻を合わせる所作から後に混同されて、同じく貝合わせと呼ばれるようになった。
(*゚・゚)ンッ?
>地貝と合致する出貝を探し出す遊戯としての貝合わせは元来貝覆い
私が言いたいのは……。
ハマグリの貝は一対しか合わないみたいな話の……。
コトバンク 改訂新版 世界大百科事典 「貝覆」の意味・わかりやすい解説
貝覆 (かいおおい)
平安時代からおもに貴族の間で遊ばれた室内遊戯。貝合(かいあわせ)とは別のものであるが,後世では混用されて使われている。貝覆は蛤(はまぐり)の貝殻が一対だけしかはまり合う相手がないという特性を利用した遊びである。通常180対または360対の蛤を左右の貝片,すなわち地貝(じがい)と出貝(だしがい)に分け,場に地貝を同心円状に伏せて並べる。ついで,場の中央に出貝を一つずつ伏せて出し,その外側の地模様に合う地貝で出貝をすくい取り,多く取った者を勝ちとするが,合せ方には儀礼的な作法がきめられている。
―以下略―
これですこれ。
>蛤(はまぐり)の貝殻が一対だけしかはまり合う相手がないという特性
余談が長くなってきました。
つまり、その貴方の傷跡は、
「私と別れた跡である」みたいな話です。
なんかもう、あってるあってないと言う話ではありません。
ただ「私が、貴方にそんなことを感じていた」とそう言う話です。
***
もしかしたら、その傷跡は治ることはないのかもしれません。
むしろ、治してしまってはいけないのかもしれません。
それで私たちは、重ね合わせられるのかもしれません。
貴方と、私の、キズアトで。
当時私は、それを貴方が大事に大事にしているのはわかりました。
ただ、ちょっと、膿んでる気がしたので。
そこだけちょっと、と、思って。
私は、貴方の過去の傷を無かった事にはできません。
でも、それが膿んで貴方を蝕むなら別です。
カサブタ(瘡蓋)を剥がして、膿を洗って流します。
必要なら、傷口には私の愛を埋めます。
で、瘡蓋をまた戻します。
大丈夫、傷跡は消えません。
私は、貴方の人生を否定したくはないのです。
貴方がその時、そこで何かを。
こうなった訳です。
もう1つ、この辺に関係していたのかな。と思う記事がありました。
私を貪っている事に泣かなくていいのです。
https://coconala.com/blogs/2997019/305343
貴方が、「私を貪らないと生きていけない」と言うのが私には、とても嬉しいのです。
でも、確かに痛いことはあります。
失われたものが元のようには戻らないこともあります。
だから、貴方の愛で補って下さい。
そこにきっと、新しいものが生まれる気がするのです。
2人で生きていく前提で生まれる未知を、私に見せて下さい。
― 貴方に貪られて生きていく ―
こっちは、変な話逆ですよね。
「貴方の愛で補って下さい」
です。
***
まぁ、ことの真意はわかりません。
私は、感情でこなす女だからです。