私は味のある女なのです。スルメのように噛みしめて食べるのです。
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コラム
食べやすくさくのは認めます。
ただし自分でやってください。←
あ、旦那さまの分は私がやります。
待てよ(□`;)アッ
それが旦那さまの仕事なのだろうか……=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)ぅそん。
ヾ(・▽・ ; )ノ ぁれ?
ヾ( ; ・▽・)ノ ぁれぇ?
何か妙なことに気が付いてしまった気分です(˙˘˙*)
私は味のある女なのです(2回目)。
提供方法は旦那さまにお任せしましょう。
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話は変わりますが。
何年か前にテレビで山椒農家の話がありました。
海外から買い付けにもくる。と向こうのバイヤーさんの様子も映っていました。
なんに使うのか? と思ったらチョコレートに入れるそうです。
えっΣ( ºωº )!?
最近は、山椒入りのチョコレートって何かで売っているのを見ることもあります。
話を思い出して買いました。
美味しかったと思います。が、もううろ覚えです。
そのうちまた何か機会があったら買いましょう。
でも、当時テレビでその話を聞いてびっくりしました。
山椒と言えばウナギです。
チョコレートに合わせようとは思えません。
農家さんが言っていました。
向こうでは「こう使う物」と言う先入観がないからなんにでも使う。と。
あー。
ぁあー。
そう言われるとなんでもOKな気分になってしまうのはなぜなのだろうか? と、私は不思議に思ったものです。
私は伝統を否定している訳ではありません。
元の「型」があるから栄えるのです。
だから知識や技術を応用させるだけの下積みが必要であることもわかります。
それを繰り返す必要性だってあります。
確かなものとして提供するために。
いつでも、同じ。と言う安定のために。
閃きはどこからくるのでしょうか?
後ですか?
先ですか?
今でしょうか。