去年の私にとって「愛は無限」だったようです。

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コラム
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あ、全部を紹介はしません。
自分で、そんなことあったなと終わることもあります。


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私は広がり続ける。
https://coconala.com/blogs/2997019/257547
愛は私で。
愛は無限なのです。
私は、他の誰にもなれないのです。
なれなかったのです。

だから私は、広がり続ける。
憧れと共にいられる。

愛は私で。
愛は無限なのです。
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この前は「不変的な愛」について考えました。
不変的な愛とは。
https://coconala.com/blogs/2997019/372867

この木の花は咲くのだろう
来年も
例え この世に人間がいなくなっても
春を迎えれば

“春”だって、人が決めた概念でしかない
この木は
この花は
その日を迎えたら咲くのだろう

誰かに春だと言われなくても (カレンダーがある訳じゃない)
誰が花を必要としなくても (よくやったと認めてもらう事もない)
ただ、そこで
咲き続けるのだろう


もし、不変的な愛を述べるなら


「この花は来年も咲いているのだろう」と、どうしてか信じられるのです。

まぁ、現実には木が切り倒されてなくなっていたり、私がどこか別の場所に引っ越してそこに行くことは二度とないかもしれません。

だけど、どうしてでしょうか。


花は永遠に咲き続けるのだ。


と。

もちろん、開花の時期はあります。
四季は巡るのです。
また土地ごとにも変わります。


でも「花が咲く」と言う概念や事実を疑ったことはありません。

「花は咲く」のです。

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