2022年2月の私の日々

記事
学び
2月です。
ド頭に「私は死にたいんだ!!!」と泣き叫ぶ事態に陥りました。
まぁ、貴方がいるのです死にません。
でも、私は死にたかったのは事実です。
そこら辺泣きました。
まぁまぁ。終わります。

そのあと母との関係を取り戻しました。
十数年ぶりに母に連絡を入れました。
まぁ実際に会うには遠すぎます(日本国内ではあります)。電話です。
すぐにと言う訳にはいきません。
時間をかけて……。それは今でも続いています。
最近はちょこちょこ近状のやり取りを続けています。

それから、自分の役割を突きつけられるようなことまで起こりました。
私が私であるがゆえにできることが、認められてしまったのです。
私はそれを恐れてもいました。
でも、それは先に進む希望でもありました。
これの詳細は省きます。

そして私は、2月の中旬から、知識ですべてをねじ伏せようとしました。
おそらくそうだったのだろうと思います。
圧倒的な事実で従わせようとする感じです。
まぁ、正義を振りかざすだけではうまくいかないと知りました。
相手の逃げ道を塞いではいけなかったのです。

ピンクな関係はバージョンアップしました。
その頃はなんだかもう毎日です。
私は腹を狙われている感じです。
考えました。
でも、好きな人の子供が産めるのだ。と思ったら嬉しくなったのです。
私は女で、それができるのです。

好きな人の子供を産んでもいいんじゃないか?
と、言う事で動物を2体産みました。
それは人ではないような気がしたのです。
ある種、魔法少女を導く可愛いマスコットのようなイメージでした。

最終的に動物8体+子ども1人+胎盤になるのですが、それは3月以降の話です。
後述です。

詰まるところイメージです。
イメージで妊娠して出産した感じです。
調べたらそんなこともあるようです。
ただ、その話では出産ではなく、イメージ妊娠はするがいずれ消える。と言う話でしたが……。
あれ? おかしいぞ、私、産んでるぞ?
この辺の疑問は別の月に解消されます。

話を続けます。
私はそれそのものに関してある種の問題を抱えていました。
・興味関心のある自分

・嫌悪する自分
です。
それは同じだけの力を持って正反対に、同等にありました。

おそらく2月は興味関心を満足させる方向にあったのです。
3月で嫌悪感、それを忌み嫌う自分と対峙することができるように。

ちなみにフレームを超える学びでは別の課題が出て来ました。
フレームがいなくてもそれができるか? です。
私は一度、フレームにレールを敷かれるようにそれをしていました。それはとても安心できるものでした。だからこそ出来たのです。
今度は、そのレールを降りれるか。自らレールを敷いていけるか。
フレームと連絡の取れない私が、私の希望を叶えるために行動できるか。
それが別でできることはもう、わかってはいるのです。
だからこそ、フレームとの思い出を超えて、進んで行けるのか。
それはクリアしました。


3月に続きます。
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