第一話『終電間際、君にだけ届いた通知』

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小説
金曜の夜、23時47分。
東京の街はまだ明るいのに、人の感情だけが少しずつ終電へ向かっていた。

白石 湊、28歳。

広告代理店勤務。仕事は嫌いじゃない。むしろ好きだ。

だけど最近、好きなものほど心を削ると知った。

「湊くん、これ月曜朝イチで修正お願い」

上司に資料を渡され、思わず乾いた笑いが漏れる。

「……了解です」
スマホを見る。

通知はゼロ。半年前までは違った。

“お疲れ!”
“今日何時?”
“帰り電話しよ?”

そんな何気ない通知が、当たり前みたいに届いていた。

元カノの結衣とは、三年付き合った。
別れた理由は単純だ。

“嫌いになったわけじゃない”

それが一番厄介だった。
仕事が忙しくなった湊は、少しずつ連絡を返さなくなった。

結衣は寂しさを言葉にできなくなった。
気づけば会話は、
「大丈夫?」
「ごめん、忙しい」
だけになっていた。

最後に会った日。
「湊ってさ、“慣れ”で付き合うタイプだよね」
笑いながら言われたその一言が、妙に胸に残っている。

別れて半年。
なのに今でも、コンビニで結衣が好きだったカフェラテを見るたびに、無意識で手に取ってしまう。

“未練とかじゃない”
そう思っていた。でも、本当は違った。

改札へ向かう人波の中、湊はため息を吐く。
その時だった。

——ドン。

誰かと肩がぶつかる。

「あっ、ごめんなさい!」

振り向くと、黒髪の女性が慌ててスマホを拾っていた。
白いニットに、少し大きめのコート。

目元が柔らかいのに、どこか疲れている顔。

「あ、いや…こちらこそ」

女性は軽く頭を下げると、そのまま人混みへ消えていく。

……はずだった。数秒後。

「えっ……」

ベンチにスマホが落ちている。
ロック画面には、さっきの女性。通知欄にはこう表示されていた。

『今日はちゃんと来てくれるよね?』

その一文だけで、妙に胸がざわつく。

湊は周囲を見渡す。もう彼女の姿はない。駅のアナウンスが流れる。

「まもなく終電が発車いたします」

放っておけばいい。普通なら駅員へ届ける
それで終わりだ。なのに、なぜか足が動かなかった。

——“今日はちゃんと来てくれるよね?”

その言葉が、昔の自分に向けられている気がした。
気づけば湊は、改札を飛び出していた。雨上がりの夜風が頬を撫でる。
遠くに、白いコートが見えた。

「すみません!!」

女性が振り返る。その瞬間。彼女の目から、一筋だけ涙が落ちた。

「……え?」

彼女は驚いた顔のまま、スマホを見つめる。

「これ、落としてました」

「あ……ありがとうございます……」
声が震えている。泣いていた理由を聞くほど、無神経じゃない。でも。

「大丈夫ですか?」

その言葉だけは、自然に出ていた。すると彼女は困ったように笑った。

「……大丈夫じゃない日に、“大丈夫?”って言われると、ちょっと泣きそうになりますね」

その笑顔が、妙に綺麗だった。名前も知らない。
もう二度と会わないかもしれない。なのに湊は思った。

——もっと、この人と話したい。

すると彼女のスマホが震える。画面に表示された名前。

『悠斗』そして次の通知。

『ごめん、今日やっぱ行けない』彼女の表情が、一瞬で消えた。

その空気を見てしまった湊は、何も言えなくなる。沈黙。雨の匂い。
終電後の街。その時、彼女が小さく笑った。

「……なんか今日、ついてないなぁ」

その横顔が、どうしようもなく寂しそうで。気づけば湊は、口を開いていた。

「……よかったら、少しだけ飲みませんか?」

彼女は驚いた顔をする。普通なら断る。怪しいと思う。
だけど彼女は数秒黙ったあと、小さく頷いた。

「……少しだけ、なら」

——この時、湊はまだ知らなかった。
彼女との出会いが、止まっていた恋愛感情を、もう一度ぐちゃぐちゃに掻き回すことになるなんて。

そして。店へ向かう途中。彼女のスマホに、もう一件通知が届く。

画面を見た彼女が、突然立ち止まった。
その表情は、さっきまでと明らかに違っていた。

「……え、うそ……」湊が覗き込む。
そこに表示されていた名前を見て、彼も固まった。

『結衣』——。

第2話へ続く
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