私がうつ病というものと向き合うようになってから、何度も頭の中に浮かんできた問いがあります。
「どうしたら、前みたいに戻れるんだろう」という問いです。
以前の私はもっと動けていました。
もっと人と関われていました。
多少無理をしてもあとで自然に回復できるような、そんな“しなやかさ”があったように思います。
だからこそ調子を崩したあとも、どこかで「元に戻ること」を目標にしていました。
あの頃の自分に戻れたら、きっとまたうまくやれるはずだと。
でもその考え方は、知らないうちに自分を苦しめていたように思います。
そんなとき、私の中でひとつの大きな転機になった言葉があります。
サカナクションのボーカル、山口一郎さんの言葉です。
「病気の前には、もう僕は戻れないと思ってるので。
この病気って、もとに戻ろうとすると、どんどん悪化するんですよ。
じゃなくて、新しくなるってことを考えないと前に進めないんですよね」
この言葉を初めて見たとき、正直少しショックでした。
「戻れない」とはっきり言われているような気がして、どこか突き放されたようにも感じたからです。
でも同時に、どこかでホッとした自分もいました。
ああ、戻らなくていいんだ、と。
うつ病になってから、私はいくつかのことを“手放す”選択をしました。
例えば、人との関わり方。
以前のように積極的に人と会うことは減りました。
無理に予定を入れてあとで動けなくなるくらいなら、最初から余白を残しておこうと思うようになりました。
これは、昔の自分から見たら「消極的」に見えるかもしれません。
でも今の私にとっては「自分を守るための選択」です。
それから、頑張り方も変わりました。
以前は“できるだけ多くこなすこと”が頑張ることだと思っていましたが、今は“続けられる範囲でやめておくこと”も同じくらい大事だと感じています。
たくさんやって崩れるより、少しだけやって明日につなぐ。
そのほうが結果的に長く歩いていけるからです。
ただ、ここでひとつ難しい問題が出てきます。
それは、「じゃあこのままでいいのかな」という不安です。
人との関わりを減らし、無理をしない生活を選ぶと、一見すると心は穏やかになります。
でも同時に、どこかで「成長していないのではないか」「社会から離れてしまっているのではないか」と感じることもあります。
そんなとき、私はもう一度、山口一郎さんの言葉を思い出します。
「新しくなるってことを考える」
これは、“諦める”という意味ではなくて、“別の形で生きていく”ということなんだと思います。
私の場合、それは「関わり方を変えること」でした。
リアルな人間関係を無理に広げるのではなく、文章を書くことでゆるやかに人とつながる。
直接会わなくても、誰かに届く言葉を書く。
それに反応が返ってくる。
それだけで、「ちゃんと世界とつながっている」と感じられることがあります。
これは、以前の自分が選んでいた方法とは全く違う形です。
でも、今の自分にはこの距離感がちょうどいい。
きっとこれが、「新しい自分の生き方」なのだと思います。
うつ病になる前と同じように生きることはできないかもしれません。
でも、それは「劣っている」ということではありません。
ただ、“仕様が変わった”だけです。
以前は長距離を全力で走れるタイプだった人が、今はゆっくりでも確実に歩けるタイプになった。
それだけのことかもしれません。
そして、歩けるからこそ見える景色もきっとあります。
もし今、「前の自分に戻りたい」と強く思っている方がいたら、その気持ちはとても自然なものだと思います。
でも同時に、「戻らなくてもいいかもしれない」という選択肢があることも心の片隅に置いておいてほしいのです。
無理に人と関わらなくてもいい。
たくさん頑張れなくてもいい。
できることが少なくなったように感じても、それでもいい。
その代わりに今の自分に合ったやり方で、少しずつでも「心地よく生きられる形」を見つけていく。
それが、うつ病と一緒に生きていくひとつのスタンスなのだと私は思います。
完璧じゃなくて大丈夫です。
強くなくても大丈夫です。
ただ今日を、なんとか過ごせたなら。
少しでも息ができたなら。
それだけで、もう十分に前に進んでいます。