誰かに向けて発したネガティブな言葉。
そのつもりだったのに、ふとした瞬間、自分自身の心がずしんと重くなることがあります。
「ああ、また言っちゃったな」
「なんであんな言い方をしてしまったんだろう」
その後に残るのは、妙な虚しさだったり、自己嫌悪だったり。
気づかないうちに、自分の心が疲れていたり、傷ついていたりするのです。
人に向けたつもりの毒が、じつは自分の中にもしっかり染みこんでいた――そんなことって、ありませんか?
ネガティブな言葉は、時に自分を守る鎧にもなります。
不満や怒り、悲しさを言葉にして放つことで、「わたしはこう感じている」というSOSを誰かに届けようとしているのかもしれません。
それはとても自然なことだし、否定されるべきではないと思います。
でも、もしそれが“癖”になってしまっていたら。
日常的に不平不満ばかりが口をついて出るようになっていたら。
知らず知らずのうちに、自分の心が少しずつすり減っているかもしれません。
たとえるなら、ネガティブな言葉は「心の中にちょっとずつ毒を盛る」ようなもの。
最初は平気でも、少しずつ蓄積していくと、いつの間にか心が重たく、暗くなってしまう。
だから私は、できるだけ「心の栄養になる言葉」を口にしたいと思うようになりました。
たとえば、「ありがとう」「助かったよ」「よかったね」
たったそれだけで、誰かの顔がふっと和らいだり、自分の心がすっと軽くなったりする瞬間があります。
言葉には力がある。
誰かの気持ちを少しだけ明るくしたり、自分自身を励ましたりする力が、言葉の中にはちゃんとあるのです。
もちろん、いつも前向きでいなきゃいけないわけではありません。
たまには愚痴をこぼしたり、泣き言を言ったりしたっていい。
「今日はもう無理」「やってられない」って、誰かに聞いてもらうことも、心の健康にはとても大切なこと。
ただ、「ずっとネガティブでいる」ことと、「ネガティブな感情を吐き出すこと」は、似ているようで違う。
しんどい気持ちに一度名前をつけてあげて、外に出したら、
少しずつ、自分の心にやさしい言葉を与えていく。
それが、心をすこやかに保つためのバランスのような気がします。
日々の言葉遣いに少し意識を向けてみる。
「どうせなら、誰かの心に灯をともすような言葉を届けたい」
そう思うだけでも、少しずつ、自分の内側が変わっていく気がします。
今日の自分が口にするその言葉が、
めぐりめぐって、明日の自分の心をやさしく包んでくれるように。