中小企業経営のための情報発信ブログ233:両利きの経営とイノベーション

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今日もブログをご覧いただきありがとうございます。
チャールズ・A・オライリー&マイケル・L・タッシュマン著「両利きの経営」(東洋経済新報社)については、以前紹介しました。この本の改訂増補版が出ました。改めて、増補版に合わせて紹介します。
両利きの経営」というのは、極めてシンプルで、既存事業を深めていく「深化」と新しい事業を開拓する「探索」を同時に行なうということにつきます。「両利きの経営」の基本コンセプトは「まるで右手と左手が上手に使える人のように『知の探索』と『知の深化』について、高い次元でバランスをとる経営」ということです。
この「両利きの経営」は日本でビジネス本としては異例の10万冊を超えるベストセラーになりました。その理由は、多くの日本の経営者が他のどの国の経営者よりも改革の必要性を強く感じているからでしょう。
戦後多くの日本企業は右肩上がりで成長を続けてきましたが、平成3年のバブル崩壊以降は低迷し、中国や東南アジアの新興国が台頭し、追い上げ追い越されてきています。日本の企業経営者の多くは、「このままではダメだ。なんとかしなければ」という危機感を抱いているのです。
「両利きの経営」では、イノベーションを創出するための具体的な手法が紹介されています。「イノベーションの父」と呼ばれた経済学者のシュンペーターは「新しい知とは、『既存の知』と『既存の知』の『新しい組み合わせ』で生まれる」と言います。イノベーションは、新しいアイデアや新しい知を生み出すことですが、何もないところから全く新しいものは生まれません。新しいものというのは、既存のものの組み合わせで生まれるのです。
1.イノベーションが「着想」で終わっている
 多くの経営者は、「両利きの経営」の必要性を認識しつつも、何をどこまで実現すれば本当にイノベーションを創出したと言えるのかを、明確に理解できていないのです。
 多くの経営者や管理者がいうイノベーションは、ほとんどの場合、「アイデアを着想すること」を意味します。「イノベーションを起こすには、社員に多くのアイデアをたくさん提案してもらわなくてはならない」「新規ビジネスのアイデアがたくさん出れば、革新的な会社になる」など、新しいアイデアさえあればすぐにでもイノベーションを起こせると勘違いしています。
 ある会社は、「デザインシンキング」に多くのリソースを割いて、「このプロジェクトから新規ビジネスや新製品のアイデアが400以上も生まれた」と誇らしげに言います。しかし、「その400のうち、いくつを市場に出し、いくつを事業化したか」と問うと口をつぐんでしまいます。
 アイデアを思いつくだけではイノベーションは生まれないのです。
 イノベーションには、着想(アイディエーション)⇒育成(インキュベーション)⇒規模の拡大(スケーリング)の3つのフェーズがあります。着想すれば、続いて、育成、規模の拡大へとつなげなければ、イノベーションは意味をなさないのです。
2.既存事業の企業文化が障害になる
 「両利きの経営」には「既存事業の深化」と「新事業の探索」の両方が必要ですが、「既存事業の伝統的な文化」と「新規事業の起業家的な文化」という異なる文化を両輪で回すことは容易ではありません。経営者が相当な覚悟を持って2つの企業文化を両立させるように管理しなければ、多くの社員が「長いものに巻かれろ」的に、保守的な既存の企業文化に阿ってしまいます。
3.AGCと富士フイルム、2社の経営手法の違い
 「両利きの経営」(旧版)では、日本の富士フイルムについての記述がありましたが、増補新版では、新たにAGCが事例として加わっています。
 AGCが新たに加わっているのは「伝統的な日本企業も変わろうと思えば変われる」という事実を示している事例だからです。最近よく素材の会社・AGCのCMを目にしますが、AGCは旧・旭硝子で110年以上も続いている長寿企業です。主力のガラス事業は市場競争に晒され、伸び悩み、更に他の既存事業も大きく成長する余地はなさそうでした。ここで重要なのが、2015年に就任した島村琢磨社長がどのように「両利きの経営」を実践していったかです。これを対比されるのが富士フイルムです。
 富士フイルムの古森重隆社長がトップダウンで一気に改革を断行したのに対し、AGCの島村社長は、トップダウンとボトムアップを併用した手法で時間をかけて改革を進めていきました。
 島村社長が実行した改革で注目されるのは組織文化改革です。次の2つを意識的に実行しています。
 1つは、「既存事業部門のものづくり文化」と「新規事業部門の起業家的な文化」を両輪で回すことです。全く異なる文化の管理はトップにしかできません。既存事業部門の社員には、AGCの伝統であるものづくり文化を大切にしつつ、生産性の向上とグローバル展開に注力することを奨励し、一方で、新規事業部門の社員には、起業家のようなマインドで仕事をしてイノベーションを創出することを奨励しました。
 2つめは、最初から中間管理職を起業変革に巻き込むことです。島村氏は、中間管理職から会社の戦略について直接意見を聞くセッションをいくつも設けました。中間管理職の意見を社長自らが直接聞き、それが全社戦略に反映されれば、当然のことながら社員のやる気は高まります。
 AGCは2018年に旭硝子からAGCに社名変更しています。もちろん社名を変えたからといって急に会社が変わるはずはありません。しかし、社名変更は、外に向かってだけでなく社員に対しても「これから私たちは変わります」という強いメッセージを伝える効果があります。
 2021年、フェイスブックがメタ・プラットフォームに社名変更しました。これは、「これからはフェイスブックだけでなくそれ以外のプラットフォーム事業にも注力する」というメッセージを社員に伝えることが目的です。経営陣が新規事業に前向きなことが分かれば、社員は新規事業に安心して提案することができます。
 経営陣が社員に変革を奨励する手法はいくつもあり、社名変更はその1つの手法にしか過ぎません。しかし、社名変更が一定の効果を及ぼすことも間違いがありません。
 AGCが、社名を変え、組織を変え、文化を変え、両利きの経営を推進していますが、今後どのように変わっていくか、目が離せません。また、AGCの事例は他の企業が両利きの経営を推進する際の参考になります。
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