私のルーツの旅・第8話|「船大工・銀蔵」──初代長蔵の、もうひとつの名前
記事
コラム
最初に地元の図書館を訪れたのは、
ご先祖調査を始めたばかりの頃のことでした。
地域資料の棚には、黄ばんだ郷土史が
山のように積まれていて、
とてもじゃないけれど全部に
目を通す気力はありません。
どこをどう見ればいいのかもわからず、
手がかりもない。
結局その日は大した収穫も得られないまま、
静かに図書館を後にしました。
でもやっぱり、何かを見落としている気がする。
そう思って、私は毎週末のように
図書館に通い続けました。
そのおかげで、当時の暮らしぶりには
少しずつ詳しくなっていきました。
けれど――肝心のご先祖の情報には、
なかなかたどり着けなかったのです。
「やっぱり、もうこれ以上は無理かもしれないな……」
そう思いながら、分厚い史料を前にしたとき、
心のどこかでそっと調査を諦めかけていました。
けれど、あの日。
国会デジタルコレクションで
「長太郎」や「庄太郎」の名を見つけたことで、
私は再び手がかりを探す決意を取り戻しました。
曽祖父の名前が見つかったのなら――
その上の世代にも、どこかに痕跡が
残っているかもしれない。
もう一度、情報を整理して調べてみよう。
手がかりは、「あの分厚い本」が並ぶ最下段にあった
そして、ついに──
ようやく、見つけたのです。
以前は手が回らなかった棚の、
一番下にあった分厚い郷土史の列。
司書の方が「漁業に詳しい記述がありますよ」と
紹介してくださった本の一冊でした。
当初は確認する余裕がありませんでしたが、
もしこの本に最初に出会っていたら、
調査方針もまったく変わっていたはずです。
──それもまた、ご先祖調査の醍醐味。
すべての経験に意味があったと思いたい。
その郷土史は、地域の公民館で住民たちが
手づくりで編んだ、貴重な記録でした。
パラパラとページをめくる私の手が、
あるページでぴたりと止まりました。
そこには、こう記されていたのです。
──「船銀」 銀蔵 庄太郎の曽祖父
庄太郎。それは私の曽祖父の名前です。
でも「銀蔵」なんて名前、戸籍にはなかったはず……。
急いで戸籍を見直してみると、
庄太郎の曽祖父にあたる人物の名前に見覚えがありました。
長蔵。
──菩提寺の過去帳にも「初代・長蔵」と
記されていた人物です。この「銀蔵」という名前……
もしかして?
庄太郎の曽祖父という関係性から見ても、
銀蔵=長蔵である可能性は非常に高い。
そうか、これは通字ではないか。
職人の世界ではよくあることです。
戸籍名とは別に、地域で呼ばれていた名前──
屋号のような、職業名のような名があったのです。
思い返せば、うちの家系には「長」の文字を
もつ名前が多い。本家のご主人の祖父の名も
「長蔵」でした。
つまり――
「船大工・銀蔵」。
それは、私たちの初代・長蔵の
もう一つの名前だったのです。
通称「銀蔵」が教えてくれたこと
戸籍には記されていなかった名前。
けれど、その“銀蔵”という通称が、
郷土史の中に、地域の記憶として生きていたのです。
「戸籍だけでは、すべては語れない。」
村の中でどう呼ばれ、
どんな役割を果たしていたのか。
それは、郷土史や聞き取り、
地域の記憶をたどらなければわかりません。
この時、私はたしかに、
自分のルーツの核心にふれたのです。
船大工だった初代・長蔵
驚くべきことに、その郷土史には
「船銀」の手がけた船の情報まで残されていました。
船名:鷹羽丸
船種:遠洋漁業船(21人乗り)
造船年:大正13年
馬力:45馬力、35トン
寄港地:三崎、乙浜、釜石、塩釜
「専漁の村」より
帆柱には、大雄山最乗寺の近くで
伐採された木材が使われており、
伐採の際に枝にかかっていた”
鷹の羽”が由来で「鷹羽丸」と
名付けられたのだそうです。
その記述と写真を前に、
私はしばらくページから目を
離すことができませんでした。
──銀蔵。いや、長蔵は船大工だったのです。
彼は、漁師たちの命を支える船をつくり、
村の暮らしを支えていたのです。
船大工から桐タンス職人へ
――技術の系譜と、家族を守る決断
船大工は、単なる職人ではありません。
漁師にとっては命を預ける存在です。
波に耐える船の質は、家族の命綱。
彼らの手にかかる技術は、
まさに命を支える誇りある仕事でした。
しかし、時代は大正から昭和へと移り変わり、
産業化と都市化の波が静かに、
しかし確実に暮らしを変えていきます。
木造船の需要は減り、鉄製船が主流に。
戦争の足音も近づいていました。
そんな時代の変化のなかで、
本家が選んだ道こそが「桐タンス職人」
だったのではないでしょうか。
一見まったく異なる職業のように見えますが、
そこに共通していたのは、「木を扱う技術」と、
「人の暮らしを支える使命」でした。
桐タンスは、娘の嫁入り道具として
代々受け継がれる、「家の物語」です。
命を預かる船から、暮らしを守るタンスへ。
その転身は、技術の灯を絶やさないための、
静かな決断だったのかもしれません。
そしてもうひとつ。
船大工という職の宿命的なリスクを、
我が子には背負わせたくなかったのではないでしょうか。
実際、「鷹羽丸」は帰港途中に犬吠埼沖で遭難し、
廃船となったという記録が残されています。
21人全員が、銚子沖まで泳ぎ九死に一生を得た――
そんな壮絶な出来事が、家族の中に語り継がれてきたはずです。
「家族を守るために、次の代には違う道を歩ませたい。」
もしそう思って桐タンス職人へ転じたのだとしたら――
その選択は、時代の荒波に抗うための、
もう一つの「船出」だったのかもしれません。
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