私のルーツ旅・第6話|漁師じゃなかった!?それに家紋まで…─迷宮へいざなう“本家の記憶”と一筋の光明

記事
コラム

「えっ、うちの家紋って “下り藤” なんですか?」
それはまさに予想外のひと言だった。


ご住職から教えてもらった〇〇家の家紋は
「丸に立ち沢瀉(おもだか)」だったはずだ。
私はそれを信じ、家系図にもきちんと反映させた。


ところが──本家のご主人の口から出てきた家紋は、
それとはまったく別の「下り藤」。


戸惑いとともに、胸の奥にぽっかりと
穴が空いたような気がした。


そもそも、私は間違った系統をたどっていたのか?
それとも、この“食い違い”こそが、
まだ明かされていないルーツの鍵なのか。


導火線になった一通の手紙

物語は、数週間前に遡る。
菩提寺のご住職から
「本家にあたる方が、近くにいらっしゃいますよ」と
紹介された私は、手紙を書くことにした。


丁寧に綴った文章には、
自分がなぜ先祖を辿ろうとしているのか、
その想いを込めた。


今までの調査概要、家系図と質問事項を添え、
投函した数日後。


一本の留守番電話が、すべてを動かした。


本家)◯◯です。お手紙、拝見しました。
よろしければ、一度お話しませんか?


三代続く家具屋──“本家”という場所の重み

指定された日、
私は緊張しながらその家の玄関をくぐった。


ふわりと漂う木の香り──
本家は、三代続く家具屋だった。


「よくいらっしゃいました」
迎えてくださったのは、
ご主人とその奥様。


緊張していた私の気持ちをほぐすように、
奥様が温かいコーヒーを差し出してくださった。


用意していた手土産を渡すと、
机の上には古びた戸籍の束が
置かれているのが目に入った。


見るからに貴重そうな資料。
しかも、あらかじめ準備してくださっていたという。


自己紹介を済ませ、先祖調査を始めた経緯をお伝えすると、
ぽつりぽつりと話が始まった。


網元から桐ダンス職人へ──“命を繋ぐ”選択


本家) 私の曽祖父にあたる人は、
    「網元」だったと聞いています。


網元──


漁師を束ねる漁業のリーダー
といったところでしょうか。


網元であれば「初代」という言い方もあるかもしれない。
「初代長蔵」の文字が頭をよぎる。


ご住職からも
「昔は漁に出たまま帰らないことも多かった」
と聞いていた。仲間の命を預かる仕事だ。


本家)私の祖父は、遅くに出来た子だったらしく、
とても大切に育てられたらしい。


確かに、戸籍を確認すると
ご主人の祖父が生まれるまでは別の方と
養子縁組をして記録があった。


祖父が生まれたことで、養子縁組を解消していた。
名を「長蔵」にしていた。(初代長蔵とは別)


待望の長男だったということだろう。


「だから、祖父のことは漁師にはしたくなかったんでしょうね」
そう言ってご主人が語ってくれたのは、こんなエピソードだった。


曽祖父は、跡継ぎの息子(祖父)を
“命の危険のない仕事”につかせるため、
桐ダンス職人の元へ丁稚奉公に出した。


代々の戸籍には「長」の字がつけられていた。
そこに込められた親心──
「この家を継いでほしい」という静かな願いが滲む。


その後、祖父は地元を離れ別の土地に店を構えた。
漁師というリスクのある道を避け、
「手に職をつけて生きる」選択をしたのだという。


家紋の違いが告げる「二つの家系」?


そして、話は“家紋”の話題へ移った。
「うちはずっと “下り藤” ですけどね」


……


……


あれ?


手紙に同封した家系図には「丸に立ち沢瀉」の家紋を入れていた。
ご主人は、少し申し訳なさそうに言葉を続けた。


あいにく、家紋がわかるものは
残ってないんですが「下り藤」だった気がします。


──「下り藤」か、それとも「立ち沢潟(おもだか)」なのか


そういえば、光さんが養子縁組をした先の
家の家紋が確か「下り藤」だった。。


これは偶然なのか、それとも……?


本家)「もしかしたら、“丸に立ち沢瀉”は、
どこかで記録が入れ違っていたのかもしれませんね」


“家紋”という記号が、
複数の系譜をゆるやかに繋ごうとしていた。


一代で財を成した実業家の影

終盤、ご主人は少し言いにくそうに、
けれどどこか誇らしげに語ってくれた。


これは私の母から聞いた話なんですがね。


「実は……先祖に、一代で財を成した人がいたそうなんです」


最初は借金まみれだったという。
“儲かる話”に手を出し、失敗を繰り返した。
村八分にされたこともあったらしい。


よく言えば、諦めなかったのだろう。
釜石で水産事業を興し、大成功を収め、
故郷に錦を飾って帰ってきたという。


この話を聞いたとき、私は
「どこかで聞いたような気がする」と思った。


そう言えば、両親からも“噂程度”には
そんな人物の話を聞いた記憶がある。


だが、本当にそんな人物が実在したのか?
なぜ、釜石なのか?
もしそうなら、どれだけの成功だったのか?
彼が残したものは──いったい何だったのだろうか。


新たな疑問、お墓は何を語るのか?

その後、登記簿らしき書類や古い証書類も見せていただいた。
写真に収め、後日詳しく調べてみるつもりだ。


家紋の違い、養子縁組、職業の転換、そして一代成り上がりの実業家──
すべてがバラバラなようで、どこかに一本の糸で繋がっているようにも思える。


帰り際、ふとご主人が教えてくれた。


本家)「うちの墓石は、あのお寺の中でも、
特に古い墓石なんだそうですよ。
苔が多くて何が書いてあるのかすら
わからないけどね。」


もしかしたら、そこに何かが残っているかもしれない。
差し支えなければで結構なのですが、
その、、、


お墓の「拓本」を採らせてもらえませんか。


拓本というのは、
石に刻まれた文字を
紙に写し取る方法です。


紙をあてて墨をたたくと、
彫られた部分だけが浮き出るんですよ。
写真よりも、形そのものが残せるんです。


本家)ええ、もちろん。いいですよ。


ありがとうございます!
お墓の掃除もさせてください!!(笑)


ひょっとしたら、何かわかるかもしれない。
そう思いながら、また後日会う約束を交わし本家をあとにした。

_________________
面白いなと感じて頂けたならお気に入りやフォローをして頂けると嬉しいです。次回もお楽しみに♪

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら