坂本龍一さんの死去-虐待に等しい終末医療について
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以下ツィッターに書いた記事を一部再録していることをあらかじめお断りしておきます。
坂本龍一さんが亡くなりました。
私なんかは坂本さんといえば「戦場のメリークリスマス」を思い出します。
ただ、音楽については、YMOが活躍していたころはパリにいたのでよく知りません。
そういえばYMOのパリライブの際に、エキストラを募集していたことを覚えています
応募しなかったので、何のためのものだったのかはよくわかりませんが。
それはいいとして、坂本さんの死因は明らかにされていませんが、直腸がんから両肺などへ転移し、ステージ4になっていたそうです。
最初は中咽頭がんと診断され、一旦は治療の末に寛解。
しかし、その後、直腸がんと診断されました。
そして、原発巣と肝臓2カ所、転移したリンパの腫瘍、大腸を30センチも切除、さらに両肺に転移したがんを摘出するなど、1年で6回の手術を受けています。
その後も通院での投薬治療を続けたものの、凄絶な闘病を余儀なくされていました。
亡くなる1、2日前には家族や医師に「つらい。もう、逝かせてくれ」と頼み込むほどだったとのことです。
関係者は「弱音を吐かなかった彼がそんなことを言うとは…。よほど苦しかったのだろう」と述べています。
それで少し前に読んだ医療に関する本(「人はどう死ぬのか」著者久坂部 羊)を思い出しました。
医師は、患者が瀕死の状態になると、仕事ですから、なんとかして延命を図ろうとします。
患者は、自分では食事も呼吸も排泄もできない状態ですが、胃ろう*や人工呼吸器を装着され、いわゆるスパゲッティ状態にされてしまうのです。
*手術で腹部に小さな穴を開け、チューブを通し、直接胃に栄養を注入する医療措置のこと。
患者は意識もほとんどありませんが、かなりの苦痛を味わっているとされています。
延命を望むのは医師ばかりではありません。
当然、患者の家族もそうです。
愛情からなのでしょうが、とにかく、どんな状態でもいいから患者を少しでも生き長らえさせてほしいと医師に懇願するんですね。
患者の家族はできる限りのことをしないと、見捨ててしまったと感じることもあるのかもしれません。
結局、そのために患者は、虐待に等しい終末期医療に苦しみ、悲惨な死を迎えることになるのです(上記書籍の著者 久坂部氏の言葉)。
国立長寿医療センターの調査によれば、「自分が終末期を迎えても胃ろうや人工呼吸器は着けないでほしい」と考える患者が9割を超えているとのことです。
しかし、こうした考えは家族と医師に明確に伝えておかなければいけません。
できれば書面にして残しておくといい。
さもないと自分では意志を伝えられない状態で、勝手に延命措置が施されてしまうことがありますから。
また、家族が患者のそうした意志を無視して、強引に延命するよう医師に命じるなんてこともなくもないんですが、これはどうしようもありません。
私自身についていわせていただけば、胃ろうや人工呼吸器は着けないと決めています。
さらに、高額の医療費を必要とする治療も要りません。
私にはそんな価値がないからです。
これらについては息子に話してありますし、彼が私の意志を無視することはないでしょう。
死すべきときにはジタバタせず、静かに死ぬ、それでいいと思います。
最後に、断っておくと、坂本さんのご家族でどうであったかはわかりませんし、責めるつもりもまったくありません。
また、他の高齢者で私の考えに賛成できない方がいるだろうことは想像できます。
そういう方々はお許しください。
では。