これって、毒親だったんだろうか。

これって、毒親だったんだろうか。

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最近、SNSで「毒親」という言葉をよく目にする。

毒親とは、一般的に、子どもを過度に支配したり、否定したり、心身を傷つけたりすることで、子どもに悪影響を与える親を指す言葉らしい。

ただし、医学的な診断名ではなく、その境界線も明確に決まっているわけではない。

そんな言葉を目にするたびに、ふと思う。



私の親も、毒親だったんだろうか。



決して、家庭環境が良かったとは言えない。

友人や夫の両親を見ていて、「うちの親とは随分違うな」と感じることも、何度もあった。

だけど、自分の親が毒親だったと心から思うかと聞かれれば、どうもそうじゃない気がする。

幼い頃の記憶
私の両親は、昔から不仲だった。

私自身は覚えていないけれど、毎日のように喧嘩する両親を見かねて、6歳上の兄が「こんな家、出て行く!」と、小さな私をおぶって家を飛び出したこともあったそうだ。

向かった先は、歩いて数十分かかる祖母の家。

今思えば、まだ幼かった兄も、きっといろんな思いを抱えていたんだろう。

母は、過干渉なところがあった。

今振り返ると、母自身が抱えていた不安を、私にぶつけていたようにも思う。

父は、昔ながらの亭主関白な人だった。

私自身、父から暴力を振るわれたことは一度もない。

だけど、母と喧嘩をして声を荒げたり、壁に向かって物を投げたりする姿は、何度も見てきた。

兄が中学生になり、反抗期を迎えてからは、父と兄が衝突することも増えた。

幼い頃の私は、それが怖くて仕方なかった。

いつか本当に誰かが死んでしまうんじゃないか。

取り返しのつかない事件が起きてしまうんじゃないか。

そんなことを考えては、父に抱きついて「やめて」と泣いていた。

小学生になってからは、喧嘩が始まると別の部屋に隠れるようになった。

狭い家だったから、どこにいても声は聞こえてくる。

耳を塞いで、静かに泣いていた。

今振り返ると、私は父の前で、ずいぶんと「良い子」を演じていたように思う。

父親が大好きで、素直で、手のかからない娘。

もちろん、父を好きだった気持ちも本当だった。

だけど、父を怒らせないようにしていた自分も、いたのかもしれない。

それでも、愛されていた記憶がある
こうして書き出してみると、あまり穏やかな家庭ではなかったんだなと思う。

でも、私の記憶には、嫌な思い出ばかりが残っているわけじゃない。

母は、とてもユーモアのある人だった。

一緒に話していると、たいてい話が盛り上がって、二人で大笑いしていた。

父は、いつも「子どもが幸せなら、それでいい」と言っていた。

食卓で、私が「これ美味しい!」と言った料理は、

「もっと食べや」

そう言って、自分の分まで私にくれた。

そんな父の姿も、ちゃんと覚えている。

あのときの父が、私を大切に思ってくれていたことまで、嘘だったとは思わない。

だから、難しい。

傷ついた記憶があるからといって、愛されていなかったとは思えない。

かといって、愛されていた記憶があるから、傷つかなかったことにもできない。

私の中には、その両方がある。

正直、「うちは毒親でした!」と言い切るには、少し大げさな気もしていた。

もっと大変な家庭で育った人からしたら、

「そんなの全然、毒親なんかじゃないよ」

と思われるんじゃないか。

そんなことも、どこかで気にしていた。

そもそも、傷ついた経験に強いも弱いもないんだろうけど。

かといって、

「私は両親にたっぷり愛されて、何不自由なく育ちました!」

と言うのも、なんだか違う。

愛されていたと思う。

でも、怖かった記憶も、悲しかった記憶もある。

どちらか一方だけでは、私の幼少期をうまく説明できない。

そんな、どっちつかずの家庭環境。

一体どう表現するのが、いちばんしっくりくるんだろう。

大人になった今も、その答えを探している。

大人になった今、思うこと
不思議と、両親に対する怒りはない。

ただ、幼い頃の記憶を思い出すと、今でも少し切なくなる。

自分も親になり、子育てや人の心理について学ぶようになった。

機能不全家族で育った人の心理や、愛着について知るうちに、両親のことも少し違う角度から見られるようになった。

どうして、あんなにも喧嘩をしていたのか。

父は、何を抱えていたんだろう。

母は、何がそんなに不安だったんだろう。

今なら、少し分かる気がする。

親だって、一人の人間だった。

私の知らない過去があって、私には見せなかった弱さがあって。

きっと、いろんなものを抱えながら親をしていたんだと思う。

もちろん、だからといって、あの頃の出来事がなかったことになるわけじゃない。

怖かったことは、怖かった。

悲しかったことは、悲しかった。

それは、今も変わらない。

あの頃の自分を、許してあげるために
結局、私の親は毒親だったんだろうか。

私が育った家庭は、機能不全家族だったんだろうか。

今でも、その答えはよく分からない。

ただ、私は思う。

「毒親」や「機能不全家族」という言葉は、誰かを悪者にするためだけのものではないんじゃないか、と。

幼い頃の私は、父親を怒らせないように、良い子でいようとしていた。

そうすることでしか、自分を守れなかったのかもしれない。

あの頃は、そんな自分のことを考える余裕なんてなかった。

ただ、必死だった。

大人になって、いろんなことを学んで。

ようやく、あの頃の自分を少し理解できるようになった。

親を責めるためでも、無理に許すためでもなく。

ただ、あの頃の自分を許して、慰めてあげるために。

私は、こういう言葉があってもいいと思っている。

あの頃の自分に、今なら言ってあげられる。

怖かったよね。

あのときは、ああするしかなかったんだよね。

そう思えるようになっただけでも、私にとっては大きな変化だった。

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