研究し、データをまとめるといよいよ論文を投稿することになる。
論文は、自分の主張が論理的に書かれたものであり、
研究者にとっては自分の分身のような(子どものような)存在にもなる。
これを投稿し、海外の誰か(研究者たち)が自分の論文を審査する。
審査をクリアーしないと、自分の論文は独りよがりなままで、社会で
高く評価されることはない。
そのため、研究者は高く評価される雑誌社に投稿する。
そして、高い評価を得ている雑誌ほど、査読の基準が非常に高い。
今回の投稿論文も同様だが、
査読されたコメントを読む。論文を書いた著者とすると、ドキドキした気持ちでメールを読み進める。
そして、読み進んでいくと、大抵、高層ビルから突き落とされたような感覚になる。辛辣なコメントもあるので、著者が受ける精神的なダメージが大きい。
その後、少し時間を空け、徐々に個々のコメントに向き合う。精神力を回復しつつ。
修正に取り掛からなければならないが、序盤は直しやすいコメントに向き合う。
自分の投稿論文が審査を通過する方向に向っていることを感じながら筆を進める。
そして、最後は修正に苦労する大物と向き合う。場合によっては、1つのコメントに対して数日かけて修正を行うこともある。
そしてようやく査読コメントを全て改善できるが、この作業がかなり大変。
研究者として存在するなら、この作業は避けることができない。
こういう作業に向き合わない人は、もはや研究者ではない。