少し前の話ですが、
映画「かくかくしかじか」を観てきました。
人気漫画家・東村アキコ氏の自伝的作品の映画化。
主演・永野芽郁、大泉洋。
予告編の段階から、「これは観たいな」と思っていて
観てきた訳です。
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原作者の東村さん、わたし達よりひとつ年下で、
同じ時代を大学生として生きている方なんですね。ㅤㅤ
「漫画家になりたい」という夢を抱えながら
右往左往する過程が描かれた物語なのですが
そこには少なからず
“時代”というものが作用しているんですよね。
ネットがなかったり、急に不景気になったりと
“夢”を抱えながら生きるのは難しい世情でした。
同じ時代を生きたわたしたちは、よく解ります。
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主人公はミーハー心で美大受験を意識し、
“美大予備校”を標榜する絵画教室へ通い始めるのですが、
そこで鬼のような指導をしているのが
大泉洋演じるところの“先生”。
わてらの学生時代ぐらいまでは、体育会にはいましたかね。
竹刀持って指導するタイプ。アレです。
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ただ、この先生が、実に真っ直ぐな方で。
絵を志す人間は、絵を描くことで生きろというのが信条。
教え子たちに口癖のように「描け!」を浴びせ続けるのです。
今なら確実にパワハラと言われるやり方ですが、
言われた通りにやると、自分でも上達していることが解る
“目標”とするには充分ハイレベルな芸術家でもあると。
ギリギリ滑り止めで受けた地方の美大に受かり、
そこで“This is 大学生”という怠惰な暮らしに溺れる主人公に
これまた真っ直ぐな喝と指導を浴びせて、
なんとか単位を取らせるというシーンがあるのですが、
「教える」「育てる」という事の難しさと、
この先生の、教え子への“愛”が独特の形で描かれていて
人間という存在の面白さ、奥深さを感じさせてくれます。
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小狡い主人公は、何かしら言い訳を見つけては
キャンバスに向かうことから逃げ続けるんですね。
本当にやりたいのはコレじゃない、
でも何をやって良いか解らない。
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東村さんが金沢で時間を浪費していた頃、
わたしも同じく大阪で時間を持て余していた訳です。
バイト、授業、たまにバンド、デート、デート…
あの時期、せめて月に1本でも多く映画でも観ておけば、
1日に10分でもギターを触っておけば…と
未だに思うことがあります。
些細な自身の“特技”を過信して、
「いつか文章でメシを食えたら…」なんて夢を抱えた訳ですが
いま文章で食えてんのかな。
もはや文章は“ツール”でしかないような。
よく文章を書いていましたが、
もっと他人のそれを学んでおけば、とも。
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そういう“恥ずかしい時代”の古傷を
なんかもう、これでもかと剥がしてくる映画でした。ㅤ
同時に、かつての師匠や、
本当の意味で指導をくださった何人かの元上司に
「すみませんでした!ありがとうございました!」と
心底頭を垂れたい気持ちになりました。
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しかし、何ていうか、
この先生が「描け!」と言う度に、
こちらも背筋が伸びちゃうような感覚になるんですね。
そう、「書け!」と言われてるような気がして。
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わたしにとっても、「書くこと」は生きることです。はい。
もう少し、やってみます。
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ところで、世間ではいろいろ言われていますが、
わたしは、永野芽郁さんは良い役者さんだと思ってます。
今作においても、
主人公の高校時代から40代の現在までをナチュラルに演じ
まさに旬の女優であることを体現していますよ。
観に行って良かったです。
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一般社会でならともかく
芸の世界で生きている彼女が、
それを作る本質的な部分・情の衝動を止められなかったことが
果たして、そこまでの「罪」なのかなぁ…と。
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※もちろん、当事者にとっては大罪でしょう。
ただ、彼女を断罪できるのは当事者だけであって
世間にも、もちろん週刊誌にも、その権利は無いはず。
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きっと、近い将来、その“衝動”で得たものを
次の作品で見せてくれるのではないかと。
それはまさに「人間」そのものだと思うんですね。
そして、それを「芸術」と昔の人は言ったものです。