こんにちは、nicoです(^^)
本日は自己嫌悪が強い方に向けて、幸せに生きるためのヒントを考えたいと思います。
自己嫌悪が強い方は、幸せと最も遠い状況にあります。なぜなら、いくら自分を嫌おうとも、自分という存在は一生ついてまわり、逃れることなどできないからです。嫌な存在と死ぬまで休むこと無く付き合い続けなければなりません。
あなたは自分を大切に扱っていますか?
真面目で自己嫌悪が強い方は、自分に対してとても厳しい方がほとんどです。
自分に対し、
サボるな!
頑張りが足りない!
こんなもんじゃない、もっとできるはずだ!
周りに置いていかれるぞ!気を抜くな!
なんて厳しい言葉でしょうか。。
他人には言わないそんな言葉も、自分には言ってしまうものです。
もっと優しくしてあげないと心が持ちませんよ?
100点じゃなくても良い。50点ぐらいでも良いじゃないですか。
あなたがあなたを嫌ってしまっては、救われなくなってしまいます。
それだけは避けなければなりません。
そこで大事なのが、【行動ではなく存在を褒める】事です。
我々は幼少期から現在まで、行動を評価された結果、褒められることが多いはずです。
幼少期は
「お片付けできたの。偉いね!」
「お皿洗い手伝ってくれるの。いい子だねー!」
学童期は
「またテストで100点取れたの!凄いねー」
「志望校受かったの!頑張ったね」
社会に出てからも
「書類良く出来てるな。おつかれ。」
「手伝ってくれて助かったよ。ありがとう」
といった様に、あなたの起こした結果に対し、条件付きで認めているのです。
何か問題が?
これには落とし穴があります。
行動した時にだけ褒められるのは、逆に考えれば、行動がなければ褒められないということ。
良いことをしなければ自分には価値がないんだという思想に繋がります。
すると、
【褒められることでしか自分の価値を認識できなくなり、結果を出すことに追われ続け、やがて疲弊します。】
そして、失敗して怒られた時には「なんて自分は駄目なんだ。」と、結果の伴わない行動は強い自己嫌悪を生んでしまいます。
人間、そんなにやる事なす事が成功する筈はありません。
行動のみを評価の対象にしては、あなたの価値は簡単に揺らぐ、実に不安定な存在になってしまいます。
では、どうすればよいか?
結果に向けて頑張った努力を褒める?
「今回の受験は駄目だったけど、頑張って勉強してたよね。次は絶対受かるよ!」
といった具合に。
違います。
なぜなら、これもまた行動を褒めているに過ぎません。過程に注目しているだけです。
私の答えは、【存在そのものを褒める】ことです。
あなたは存在しているだけで価値があるということ。
納得いきませんか?
あなたが元気で生まれ、親が喜んで無償の愛を与えてくれる。
これは行動ではありません。
あなたは親にかけがえのない喜びを与える価値のある存在、であるということです。これはあなたにしかできません。他の誰かでは絶対に代用できません。
頑張らなくったってあなたにも私にも疑いようのない価値があります。
死んだら悲しむ人たちが必ずいます。
なので、もう自分を責めるのは止めましょう!
自分がだらしなくならないように、律するのはOKです!
はい、今日はこんな感じでした!
お疲れ様です(^^)