とても大切で、とてもこわい
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空は、
まだ薄くオレンジ色を残していた。
でも、街灯がひとつ、
またひとつと灯り始めている。
凪と悠真は、言葉少なに並んで歩いていた。
足音だけが、やけに大きく聞こえる。
(さっきから……近い)
肩が触れそうで、触れない距離。
凪は意識しないふりをしながら、
胸の高鳴りを抑えていた。
「……今日さ」
悠真が、前を向いたまま口を開く。
その声だけで、
凪の心臓が強く跳ねる。
「陽菜に、ちょっと声かけられて」
——その名前。
一瞬、世界の音が遠のく。
「放課後のこと、聞かれて」
凪は歩く速さを変えないまま、
静かに耳を澄ませた。
(どういう意味で……?)
聞きたい。
でも、聞けない。
悠真は少し考えるように間を置いてから、続けた。
「……特に、深い意味はないから」
その言葉に、
ほっとした気持ちと、
なぜか拭えない不安が同時に湧き上がる。
(深い意味がない、って……)
凪は小さく笑った。
「そっか」
それだけ。
本当は、
“どういう意味で?”
“どんな顔で話したの?”
“私のこと、話した?”
聞きたいことは山ほどある。
でも、どれも
今のこの空気を壊しそうで。
二人は、信号の前で立ち止まった。
赤。
車のライトが、ゆっくりと横切っていく。
その光に照らされた悠真の横顔は、
夕暮れと夜の境目みたいだった。
(この人、何を考えてるんだろう)
凪は、ふと怖くなる。
自分だけが、
先に不安になっている気がして。
信号が青に変わる。
歩き出す瞬間、
悠真がふいに言った。
「……凪はさ」
名前を呼ばれて、
胸がぎゅっと縮む。
「俺と帰るの、嫌だった?」
一瞬、言葉を失う。
そんなふうに思っていたなんて。
「ち、違うよ」
凪は慌てて首を振る。
「ただ……」
その先が、言えない。
期待してしまう自分が、怖かった。
悠真は凪を見て、
ほんの少しだけ、
安心したように息を吐いた。
「よかった」
その一言が、
凪の心を温かくも、切なくもする。
(……私、ずっとこんなふうに揺れてる)
空はもう、紫に近い色に変わっていた。
この帰り道が、
幸せな記憶になるのか、
それとも、
あとで思い出して泣く道になるのか。
凪には、まだわからない。
ただひとつ確かなのは——
この時間が、
今の自分にとって、
とても大切で、
とてもこわい、ということだった。
夕暮れは、
何も答えをくれないまま、
静かに夜へと溶けていった。