恋は、やっぱり苦しい
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コラム
帰り道、凪はマフラーに顔をうずめて歩いていた。
吐く息が白く、すぐに夜に溶けていく。
(今日は……私の番だったのに)
そう思うたびに、胸の奥がひりっとする。
悠真は少し前を歩いていた。
並んでいるはずなのに、距離を感じる。
「……寒いな」
悠真が独り言みたいにつぶやく。
凪は小さくうなずいた。
「うん……寒いね」
それだけ。
本当は聞きたいことがたくさんあった。
どうして約束の時間、少し遅れたのか。
どうして、どこか上の空なのか。
でも、どれも口にできない。
(責めるみたいになるの、いやだな……)
悠真は足を止めて、振り返った。
「凪」
呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
「今日はさ……」
言いかけて、言葉が途切れる。
その沈黙が、凪にはいちばんつらかった。
「……ううん、大丈夫」
凪は先に言ってしまう。
「私、平気だから」
平気じゃないのに。
悠真は少し困った顔をした。
「ごめん」
その一言が、胸に落ちる。
理由を聞きたい。
でも、聞けない。
凪はうつむいたまま、雪を踏みしめる。
きゅっ、きゅっ、と小さな音。
(この音だけ、覚えておこう)
悠真と一緒に歩いた、この帰り道。
何も起きなかったけど、
何も起きなかったからこそ、忘れられない。
別れ道で、悠真が立ち止まる。
「……また、明日な」
凪は顔を上げて、精一杯笑った。
「うん。おやすみ」
悠真の背中が遠ざかる。
凪はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
(私、何を期待してたんだろう)
胸の奥で、なにかが静かに崩れていく。
でも、それでも。
(それでも、好きなんだ)
その気持ちだけは、
雪みたいに消えてくれなかった。
夜空を見上げると、
細かい雪が、静かに舞い始めていた。
凪はそっと目を閉じる。
冷たい雪が、頬に触れる。
恋は、やっぱり苦しい。
それでも、
この苦しさを抱えたまま、
悠真の名前を思い浮かべてしまう。
凪は、ひとりで歩き出した。