すれ違うのはさ、ちゃんと心が動いてる証拠だよ
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コラム
昼休みのチャイムが鳴った瞬間、
凪の胸の奥がきゅっと縮んだ。
(やだな……この感じ)
自分でもうまく説明できない。
昨日の“あの気持ち”がまだ胸の中に残っていて、
どこか落ち着かない。
図書室で向き合ったあの時間。
悠真が後輩と話していたときの、
胸の奥がざわついた瞬間。
そして、
“俺も、凪が気になってた”
と静かに言ってくれた、あの言葉。
全部ぜんぶ、まだ心のどこかで揺れている。
放課後。
凪は教室で荷物をまとめながら、
無意識にスマホを気にしていた。
(……今日も来るかな)
そんな期待を抱いている自分が、
少しだけ恥ずかしかった。
「凪」
名前を呼ばれ、びくっと振り返ると
ドアのところに悠真が立っていた。
(来た……)
胸の奥で跳ねた鼓動を誤魔化すように、
凪は落ち着いた声を装った。
「どうしたの?」
「今日さ……話せる?」
凪は一瞬だけ迷った。
胸の中のざわざわを抱えたまま話したら、
きっとうまく笑えない。
でも――
逃げたら、余計モヤモヤが残る気がした。
「……話したい」
そう言うと、悠真は静かに笑った。
二人はいつもの図書室へ。
窓の外では、曇り空の薄い光が揺れていた。
すれ違う気配は、空の色にもよく似ている。
席に着いた瞬間、
凪は机の下でそっと手を握る。
悠真が、言った。
「今日は……凪の話、聞きたかった」
凪は唇を噛んだ。
何から話せばいいのかわからない。
昨日の嫉妬も、
胸のざわめきも、
“後輩の子が気になる?”
という自分の小さな不安も――
どれも、口に出したら子どもみたいで。
でも、悠真の視線は逃げずに待ってくれていた。
(言うしかない……)
凪は小さく息を吸った。
「ねぇ悠真。
私……昨日のあれ、
ちょっとだけ……嫌だった」
悠真は驚いた顔をした。
「嫌……って、後輩の子の?」
凪は、かすかに頷いた。
「知らない子と話してるの見て……
なんか、胸がざわざわして。
“誰にでも優しいのかな”って……」
そこまで言って、
涙が出そうになり、慌てて目を伏せた。
(ああ、もう……言っちゃった……)
けれど――
机の上で、悠真の手がそっと止まった。
「……嫉妬、した?」
凪の動きが止まる。
顔が一気に熱くなるのを感じた。
「ち、違……」
否定しようとする声が震えた。
悠真は、
そんな凪を責めるような目はしなかった。
むしろ、静かに息を吐いて笑った。
「俺さ……むしろ、それ聞けて安心した」
「え……?」
「だって、凪が何も感じてくれてなかったら、
俺、こんなに気にしてた意味がなくなるから」
(き、気にしてた……?)
凪は顔を上げる。
悠真の目はまっすぐこちらを見ていた。
「俺も……昨日の凪の顔が忘れられなくて。
本当は、こっちの方が怖かったんだ」
「怖かった?」
「うん。
あのまま距離が開くかもしれない、って」
凪は呼吸が止まった。
――同じだったんだ。
自分だけじゃなかったんだ。
胸の奥にあった“ざわめき”が、
ゆっくり、溶けていく。
悠真は続けた。
「すれ違うのはさ、ちゃんと心が動いてる証拠だよ」
「証拠……?」
「何も感じなかったら、すれ違いにもならない。
でも、お互いがちゃんと関係を大切にしてるから、
ちょっとしたことで揺れるんだと思う」
凪の胸に、そっと温かい灯が灯った。
(ああ……この人、本当に言葉を選んでくれる)
その優しさに触れたくなって、
凪は思わずつぶやいた。
「……ねぇ悠真」
「うん」
「すれ違ったら……また今日みたいに話してくれる?」
「もちろん」
「そのたびに、ちゃんと埋めていこうよ」
「俺も、そう思ってた」
曇り空の隙間から、柔らかな光が差し込んだ。
ふたりの影がゆるく寄り添い、
また重なる。
今日のすれ違いは、
たしかに恋の温度を上げていた。