「まじうぜー」
「まじめんどくせー」
俺の口から、その言葉が出ない日はなかった。
朝のホームルーム。
先生の小言がまた始まった。
「遅刻が多い」
「授業態度が悪い」
「将来困るぞ」──それ、昨日も聞いたよな。
教室全体が重たい空気に包まれる。
俺は時計を睨みながら、
机に突っ伏して小さくつぶやく。
「…まじうぜー」
隣のやつがクスッと笑ったけど、
俺の胸の中は全然笑えてなかった。
放課後の部活。
「今日は基礎練の反復だ!」キャプテンの声。
周りは渋い顔をしつつも走り出す。
俺も足を動かすけど、頭の中は反発ばかり。
(何回同じことやらせんだよ…)
汗が目に入るたびに苛立ちが募る。
「…まじめんどくせー」
後ろの後輩がチラッと俺を見て、
視線を逸らした。
その沈黙が胸にズシンと響く。
休み時間。
友達が丸めたプリントを俺の頭に投げてきた。
「お前また寝てただろ〜!」
教室に笑い声が広がる。
普通なら「うるせー!」って笑って返せばいい。
でも俺の口から出たのは。
「…まじうぜー」
笑い声がすっと消える。
空気を壊してるのはわかってる。
けど、どうしても笑えなかった。
俺は「うぜー」でしか自分を守れなかった。
そんな日常の積み重ねが爆発したのは部活の時だった。
「おい!お前、やる気あんのかよ!」
先輩が怒鳴る。
「やる気?ねーよ!まじめんどくせーんだよ!!」
俺の怒鳴り声がグラウンドに響く。
空気が凍りついた。
「だったら帰れ!お前なんか邪魔なんだよ!」
仲間たちの冷たい視線が突き刺さる。
悔しい。情けない。
でも素直に「本当はやりたい」なんて言えなかった。
俺は荷物を掴み、グラウンドを飛び出した。
布団に潜り込んでも、頭の中でリピートされる。
「帰れよ!」
「邪魔なんだよ!」
(俺だって本当は…)
(でもどうせ無理だろ…)
「まじめんどくせー」
涙がにじんだ。
自分で自分が嫌いになる瞬間だった。
次の日。
重たい足で教室に入ると、
窓際でノートに向かう女子がいた。
彼女はクラスで群れないタイプ。
休み時間はいつもひとりで本を読んだり、何かを書いている。
俺にとっては「ちょっと不思議なやつ」だった。
真剣にペンを走らせる姿に、なぜか声をかけていた。
「なにやってんの?」
「“こうなったらいいな”って書いてるだけ」
彼女は笑って答えた。
ノートには大きな文字があった。
──『毎日が心地よくて、幸せにあふれている私』
「は?そんなの無理だろ。
なんでも思い通りになるとか、まじありえねーし」
俺が吐き捨てると、
彼女は、すぐに答えた。
「叶うかどうかじゃなくて、
本当はどうしたいかを知ることが大事なんだよ」
その言葉が、心にズシンと落ちた。
次の部活でも、
口から出たのは「まじめんどくせー」。
けど、仲間の真剣な顔を見た瞬間、彼女の言葉が蘇った。
「本当はどうしたい?」
グラウンドを走りながら、胸が揺れる。
逃げたいのか? 本気でやりたいのか?
答えは出ない。
数日後。
「今日は先生が職員会議だから、部活は中止」──
顧問のひと声に、部員たちは喜んで帰っていった。
俺は校門を出て、なんとなくふらふらと歩いていた。
夕暮れの公園で、子供たちがサッカーをしている姿が目に入った。
あまりの下手さに見ていられなくて、気づいたら俺は近づいて教えていた。
「こうやって足の内側で当てるんだ」
ひとこと言うごとに、子供たちは真剣に頷き、必死に挑戦する。
そして、目に見えて上達していくのがわかった。
「すげー!できた!」
子供たちが嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、教えるの上手いね!」
「どうもありがとう!」
その声を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
なんなんだ、この感覚は。
見ていられなくて口を出しただけなのに。
(ひょっとして、これが俺の“本音”なのか…?)
年月が経ち、
大人になった今でも「めんどくせー」と思う瞬間はある。
会議前の資料づくり。
上司の長い話。
心の中で小さく「まじめんどくせー」が顔を出す。
でも、そのたびにあの頃を思い出す。
グラウンドでの衝突。
公園で子供たちと一緒に笑った時間。
自然と笑みがこぼれる。
「あの頃よりは、ちょっとは成長できたのかな?」
そうつぶやきながら、俺は会議室のドアを開いた。
「まじうぜー」は、ただの口癖じゃなかった。
心の奥で叫んでいたSOSだったんだ。
衝突し、葛藤し、揺れ動いた末に、
ようやく自分の“本音”に出会えた。
そして今もなお、その記憶が
俺の背中を押してくれている。