試合終了のブザーが鳴った。
スコアボードには無情な数字。
最後のシュートを外したのは、俺だった。
「なんであそこで外すんだよ!」
仲間の声が背中を突き刺す。
振り返れない。
視界がにじみ、シューズの先だけがやけに鮮明だった。
家に帰ると、玄関の灯りが冷たく感じた。
「ただいま」
かろうじて声を出すと、母の苛立った声が飛んできた。
「遅い! ご飯冷めちゃうでしょ。
試合だって、どうせ負けたんでしょ?
だったら家くらいちゃんとしなさいよ」
胸の奥が砕けた。
母に悪気はないと分かっていても、その言葉は重すぎた。
リビングでは弟がゲームをしながら笑った。
「兄貴、また負けたの?」
「うるさい!」と怒鳴った声が震えていた。
涙が出そうで、二階に駆け上がった。
翌日の教室。
黒板の前では友達が楽しそうに話していた。
けれど、その輪に俺の名前はなかった。
「昨日のミス、見た?」
「うん、最後のシュート外したんだろ」
ひそひそ声が耳の奥にへばりつく。
ノートを開いても、文字は霞んで見えない。
昼休み、机を寄せ合う輪の外で、
俺はひとり弁当をつついた。
箸の音だけがカチリと響く。
笑い声が遠ざかっていく。
影が机の上に落ちて、
俺だけを真っ暗闇に沈めていくようだった。
放課後。
校門を出た道は、夕日で赤く染まっていた。
友達の集団を横目に、俺は俯いたまま歩いた。
足音がやけに大きく、孤独を強調していた。
「……なんで俺ばっかり」
声に出した瞬間、喉が震え、涙が止まらなかった。
居場所なんて、どこにもない。
家にも、学校にも、自分の中にも。
そのときだった。
「ねえ、大丈夫?」
振り返ると、逆光の中に真奈が立っていた。
小さなノートを開き、そこには大きな字が書かれていた。
『辛いことは、神様が見てる。
文句を言わずに乗り越えたら千点ゲット。』
光のような言葉が、胸に差し込んだ。
「……千点?」
俺の声はかすれて震えていた。
真奈は小さくうなずき、微笑んだ。
「そう。あんた今、一番大変そうだから……いっぱい貯まってるよ」
涙と笑いが同時にこみ上げた。
信じきれるわけじゃなかった。
でも、その言葉は暗闇に杭を打つように、
俺を支えてくれた。
20年後
満員電車の中。
大事なプレゼンの日だというのに、
資料は直前に消え、上司からは叱責され、胃が焼けるように痛む。
「……なんで俺ばっかり」
気づけば、あの時と同じ言葉が漏れていた。
その瞬間、校庭の夕暮れと、真奈のノートがよみがえった。
にじんだ字。震える声。
「千点ゲット」
――そうだ。あの時、
絶望を抱えたまま、それでも前に進んだじゃないか。
だから今も進める。
あの涙の日が、今を生き抜く力になっている。
会議室の扉を開き、深呼吸した。
「大丈夫。俺には千点がある」
震えていた声は、不思議と力に変わっていた。
人は誰もが「なんで俺ばっかり」と嘆く夜を持っている。
でも、その夜こそが未来の支えになる。
涙で積み立てた千点が、必ずあなたを守る日が来る。
それが、俺が信じる「千点の約束」だ。