桜が舞う春の校庭。
クラスの片隅で、悠斗はうつむいてノートを閉じた。
「俺に強さなんてあるのか?」
幼いころから、からかわれ、笑われ、教科書を隠されたこともあった。
それでも胸の奥で「このまま終わってはいけない」という声がしていた。
それが、冒険への小さな誘いだった。
けれど悠斗は拒んだ。
「目立たなければ、傷つかずにすむ」
そう思っていた。
ところが、体育館で声をかけてきた先輩がいた。
いつも笑顔を絶やさない、バスケ部の先輩、拓真だった。
「強さってのはな、勝つことじゃない。倒れても、立ち上がることだ」
その一言が、悠斗を動かした。
放課後、震える足でバスケ部の戸を叩く。
笑われても、ミスしても、逃げないと決めた。
それは日常の外へ踏み出した瞬間だった。
練習では怒鳴られ、悔しい思いもした。
でも同じ一年の仲間が「大丈夫、次だ」と笑ってくれた。
敵意と友情、その両方が、悠斗を試していた。
そして地区大会。
コートに立った悠斗の前に、かつて自分を笑った同級生の姿。
心臓が軋む。足がすくむ。
だがボールが回ってきた瞬間、必死に走った。
転びそうになりながらも、立ち上がってリングを目指す。
シュートは外れた。
けれど仲間が叫んだ。
「ナイスファイト!」
その声に悠斗は気づいた。
強さとは、結果じゃない。
笑われても、倒れても、立ち上がる姿そのものなんだ。
試合には負けた。
だが、仲間と交わしたハイタッチの温かさが、胸に残った。
──あれから年月が過ぎた今。
社会に出て、大きな失敗をしたときもあった。
視線が痛くて逃げ出したくなった。
それでも悠斗は、あの頃と同じように笑顔で立ち上がった。
すると、仲間や同僚が力を貸してくれた。
「俺も昔、馬鹿にされたよ。
でもな、笑顔で立ち上がることだけはやめなかった」
今は、その言葉を後輩に手渡すことができる。
かつて先輩から受け取った“宝”を、今度は自分が渡す番なのだ。