バスケの怪我で悩んでいる方の相談所

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コラム
私は2025年7月より治療院を開業しています。
それまでは20年以上プロバスケチームでアスレティックトレーナーとして活動していました。


高校2年の冬に怪我で離脱

バスケットボールは小学6年生からスタートして42年間関わっています。
高校2年生の冬にチームでのキャプテン、県選抜にもなっていましたがジャンプシュートの着地で腰に激痛が走り、その後動く事ができなくなってしまいました。
腰椎椎間板ヘルニアです、さらにくしゃみをすると激痛が走り神経症状がひどく下肢のシビレと痛みもあり1分程度のオシッコも同じ体勢でいられない程症状がつらく、寝ていても痛みが強い症状でバスケットボールができない状態となってしまいサッカーボールすら蹴れないほど症状が出てました。

その当時は手術の成績も悪く勧められず保存で対応するものの、インターハイ予選にすら出場できず悔しい経験となりました。


プレイヤーを断念して医学の道へ

医学の道に進んで怪我で苦労している方の手助けがしたいと当時は大学で国家資格が取得できない時代でしたので、医療系の専門学校に進みました。

腰の治療で名医ときけば全国各地に足を運んで対応してもらった事で経済的負担がかかってしまった事、自力で学費を工面する必要であった事、電車通学で立ちっぱなしは腰の状態で無理と判断して調べた結果、新聞奨学生であれば住み込みで給料をもらい、返金不要の奨学金ももらえる事がわかり、「これだ! 」と思って飛び込みました。


鬼ハードな新聞奨学生生活

想像を超えるハードな業務で毎日3時に起きて7時まで朝刊を雨でも雪でも台風でも配達し、夕刊を配達して、新聞代を毎月集金して、新聞の勧誘もするわけです。
その合間に学校に通うような感覚で仕事の方がメインとなっていました。

不思議と毎日朝刊と夕刊を配達することでトレーニングとなり、腰の状態も1年後にはシビレはあるもののかなり回復していきました。
学業と新聞配達とクラブチームでのバスケットボールとうまく対応して全国大会にも出場できて良い思い出となっています。

3年間新聞奨学生をやり切れたことは自分自身の大きな財産となり、さらに優秀奨学生としてもハワイ旅行に行けたことは嬉しかったです。


バスケのトレーナー活動

苦学生活だったため医学として関わることが遅くなってしまいましたが、あん摩マッサージ指圧師の国家資格は合格してそこから治療技術を磨いていきました。

そしてバスケットボールのトレーナーとして高校生の対応をして経験値を重ねて国体チームや大学チーム、実業団チームに関わり、プロチームの専属となっていきました。日本一も経験でき、日本代表でも活動でき、モンゴルのプロチームからオファーが来たので約2年間海外で活動できたのも刺激的で良い経験となりました。

様々なプロチームでも活動して長年経験していく事で相談を受けることが多くなりました。

・どうすればプロチームでトレーナーとして活動できるのか
・バスケの怪我からどうして復帰していけばいいのか
・この怪我は手術しないと復帰できないのか
・繰り返し足関節の捻挫をしてしまう
・テーピングの巻き方を教えてほしい
などなど

様々な相談に乗って対応するようになりました。


相談されることが多くなった

プロチームではトップ選手12名程度の対応しかできない点があります。
試合や遠征があり一般の方や学生に接する事も中途半端になりやすい点があります。
実際に対応しても学生さんはこんな初歩的なことで悩んでいるのかとも思う点があり、まだまだ医学・科学などが学生レベルまで浸透していないことが実感する事ができました。

プロチームを卒業し、もっと地域に密着して学生や一般の方に幅広くお役に立ちたいという想いと困ったいる方のサポートをしていく事が重要ではないかと考え、2025年7月に栃木県宇都宮市で治療院を開業しました。

現在は栃木県だけでなく、全国各地から来院してくださるようになってきました。よくDMにも連絡が来るようになり、今回ココナラさんで電話相談という関わり方があることを知り出品させて頂き、窓口を広くしていく事といたしました。


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