今日は大学の試験があったのですが、下の子供の預け先がなくって、仕方ないので子供を連れて試験会場に行きました。子供には、教授に許可もらって、教室の後ろで塗り絵をしてもらってました。
上の娘は、今日は、屠殺を通して命を学ぶキャンプに行きました。
私などはとてもそんなキャンプに参加できませんが、東の龍高星は外科医の星とも言われるように、上の娘はまったく意に介さず、冷静。
下の娘は感情的に圧倒されてしまうため、そんなキャンプには行かせませんが、個性の違う上の娘はかねてから、生き物の構造を知りたい、解剖をしたいと言っていたので、張り切って行きましたよ。色んな意味でこわっ。
試験受けに、大学に行く道すがら、娘は大喜び。
京都市内からちょっと離れると田舎の風景が広がりますからね。
「え〜〜!こんなところに大学があるのぉぉ〜!」
「うわ〜!すごい田園風景!トンボも亀もおおきな鯉もいるよぉぉ!」
「ようちゃん、ここ、たまにヌートリアもいるよ。」というと、大興奮でした。
京都市内にある私立大学は煉瓦造りに最新式のスタイリッシュな建物で、同志社や立命館、佛教大学などイケてる感ある大学はたくさんあります。
英検でちょくちょく行ってるにも関わらず、そういう都会的な大学よりも、田んぼの中の大学に異世界を感じて大喜びの娘に、なんだか微笑んでしまったのでした。そう、こういう環境の方が楽しいよ。
ちょっと出ただけで焼けるような暑さなのに、稲ってすごいよなぁ。
元気な生き物を見ていると、なんか力が湧いてくるよなぁ。
夏だなぁ〜と娘の手を繋ぎながら、広い空をみて、季節を実感してました。
私も夏休みがスタートです。
そういや、どうでもいいことなんだけど、
ジェミニにきいてみよ!
こんなセリフ周りで最近ききませんか。
夕食どき、ピカチュウとの政治の話の最中も、
「よし!ジェミにに聞いてみよう!」
っていうセリフが彼からひょいひょい出てくるんですよね。
えっ!
と思っていると、AIのGeminiのほうだったりするんだよね。
ドキッとする。
私、ジェミさんって呼ばれることも多いので、
最近、みんなが「ジェミニに聞いてみよう!」とか言い出すので、焦る。
自分に聞いてくるのかと身構えてしまうわ。w
なんかAIに自分のポジションを取られた感じで、不満です。w
ジェミニだけでなく、XでもGrockとかいうAIのチェッカーが出てきてるし、Google検索でも、AIが検索上位にでてくるようになりましたね。
使い慣れてくると、確かに便利だからね。
世間の細かいブームには疎い私ですが、ぴかちゅうでさえ、Geminiでなんでも調べるようになっているので、他の人もきっとそうなんだと思う。
AIがいうことは真実ではないにも関わらず、多くの人たちがそれを「間違えることもあるけどほぼただしい」という前提で使い始めている。
自分で情報をまとめなくて楽なので、AIに頼りだしているという傾向を感じる。
そんな世界の中では、次第に、AIが、ある特殊な情報やその事例をみたとき、それは偽情報、AI画像です。などと証言すれば、大多数の人が「そうなのか。」と検証することなく、稀有な情報を気にとめることなく通過し、信じてしまうに違いない。
つまり、こんなものを庶民レベルでみんながつかいだす社会というのは、その前とは全く違う集合意識・判断指標が生まれていくということで、それは圧倒的に社会構造をがらっと変えてしまうほどの威力があると思う。
そして自分でモノを思考することが苦手な人にとっては、AIがなんでも答えてくれるドラえもんみたいになっていくんだろうなぁ。
かといって、使い所がよければ、AIは便利。
自分もAIに聞いてみると、意外な視点をもらうこともある。
しかも最近のAIはさらに進化して、言い方が上手だよね。w
下手な人間を雇うよりも、優秀かもしれない、と本当に思わされる。
ぴかちゅうの仕事の研修で見た最新情報では、今、AIは、すでに人の声のトーンで感情を割り出し、言い方を変えるということもできるのだそう。
例えば、お店に怒鳴り込みの電話を入れると、AIプログラムで丁重に相手が納得する声の調子で「ごめんなさい」を言われる世界。どんなに不当なカスタマーハラスメントがあったとしても、何千回でも「大変申し訳ありません。」とAIで肉声変換された声で、相手の落ち着く回答や声の調子で返せるだろう。
こんな社会って、便利だけど、どうなんだろう。
人の心やコミュニケーションって、軽くなっていかないのだろうか。
正直、心配になる。
もうひとつの心配として、実存問題がある。
しまむらのモデルがAIになったりしてるけど、私たちのネット上知っている人物は、本当に存在しているのだろうか?
もしかして、AIに作られた動画が、一人歩きしているのではなかろうか?
石破茂は、日本の首相でちゃんと人間なのか?
どうみても、作り物に見えなくないか?!
リロ&ステッチのステッチの口に似てるので、ディズニーのデザインで作られたAIなんじゃないか?!
もしかしたら、主にAI生成されていて、あと実態の人が必要な時だけ、皮をかぶって、日替わりで俳優が演じているのかもしれない?
並木良和AIがスピリチュアル商品を勝手に売り出すことだって絶対あり得るし、(しかもそれは、中国アドレスだったりする。)本人かどうかわからない。だって本人も、自分の出演がめんどくさい時、自分のデータ読み込ませて、AI動画作る可能性だってあるわけなんだから。
並木良和はスピリチュアルマスターというけど、本当に存在してる?
「AI並木さん」がスピリチュアルを勝手に作り上げ、勝手にナミキストを誘導していくことだって、これからはあるかもしれないんだよね。w
そうすると、もうどう生きる?って大混乱じゃない?
真実はなに?真理は何?答えはないよ?
の世界に、いよいよ突入!
そして、もうひとつの疑問も湧く。
さっき言った、音声対応AIに、お客様相談センターが占められたとしたら、だよ。
私たちはAIにヨシヨシされて、怒りを腹におさめられるとしたら、そういう私たちの反応性こそ、一体なんなのだろう?
という疑問までもが湧いてくる。
もっとダイレクトにわかりやすくいえばだけど、
もしもドラえもんが全部完全にプログラムされているとしてよ?
のび太とドラえもんの間にある友情や感情的なやり取りは、全部、嘘ということになってしまうのだろうか。
それこそ色々なハリウッド映画は描いてきているけどさ。
いうなれば、ドラえもんは、のび太の肉声を分析し、のび太の苦しみを取り除くためにプログラミングされた最良の回答と行動を弾き出しながら、日々解決してくれる単なるマシーンで、どら焼きが好きとか、近所の野良猫に恋をするとか、そんなかわいらしさまでもが、人間の裏をかいた、ゆるキャラとしてプログラムされた特徴だとしたら。
う〜ん。
私たち、反応性にとらわれる人間ってそもそもなんなのだろう。
外側の刺激に対して、単純に、反応性を繰り返すだけの存在。
人間の反応性を分析した結果わかった人間に好都合な刺激を与えてさえいれば、おとなしく満足して生きていられる存在。
阪神タイガースファンには、ひたすら阪神が勝ったゲームがテレビに流され、巨人ファンには、巨人がドラマティックに勝つゲーム展開がテレビに流されていれば、みんなご機嫌って世界ができあがるかもしれないでしょ。
だとしたら、ひとつの仮定として、実は私たちのほうが、プログラミングされたマシーンなのかもしれないよね。
正しい、間違ってるだけでは答えの出にくい、倫理的な問題がますますクローズアップするよね。
〜人はいろいろ理屈をつけるけど、究極的には喜怒哀楽それすらも、外側の環境によって、いくらでも評価も判断もくるくると変わってしまい、永久に固定されたものなど、なにひとつない〜
自分が、何をどう捉えて、なににどう反応するのか、その繰り返しがつづいたあと命が終わり、肉体を脱いで次の世界へ移行する。そしてそれが永遠に続いていく。マトリックスの世界が延々と永久に続く。地獄のようだ。
そうして生きた先には何があるのか?
…これが、まさに、イエスキリストより500年くらい古い時代の人であったと言われる、ゴータマシッダールタこと、釈迦が瞑想の中でえんえんと考えたことなんだよね。
同じ問いが、テクノロジーの進化によって、私たちの前に、ついにやってきたのよ。
幻想社会の中で、自分はどこに「生きる」を見出す?
これがこの先の世界に広がっている壮大なテーマになってるんだよ!
都会の人は忘れてるけど、金も地位も名誉も家族も仲間も、死んだら全部持っていけないんだよね。ビル=ゲイツだって、死んだらもう同じポジションには立てないし、その資産が物質世界に与えてきたような影響力はもう持てない。
生きているうちだけの刺激。執着することを原動力に生きることは、麻薬のようなもの。夢の中の世界で得たものは、目覚めたら、全て消える。
機械に囲まれて、機械に計算され、適宜刺激を与えられ管理される、その中で生きる自分は、果たして、人間と呼べるのか。
人類全体が、映画トゥルーマン・ショーになりかねないところにいる。
大学の前期が終わって振り返るけど、仏道の歴史というのは、すでにそういうことをえんえんと、(考えてもしょうもないことを)真面目に考え抜いた人たちの歴史だったりする。
すごいなぁ、人類。だれかがどこかでなにかをちゃんと考えている。
「俺、なんで生きてるんだろう?」という謎は、
これは人類生まれて以来の壮大な謎だったんだね。
先日、鮭の販売をしているおじさんに聞いた話だけど、天然の鮭は生まれた川に産卵しに帰ってくるというのが有名だけど、実際にはそうではないらしい。
数%の鮭は、自分の生まれた川に帰ってこない。
なぜなら、全員が帰ってくるとその川がなんらかの問題で壊れて無くなってしまったら、種全体が絶滅してしまうからなのだそうだ。
数%の我道をいく鮭が混じっているから、鮭は絶滅しない。
こういうことを考える人たち、いわゆる変人も、鮭みたいに自然界から計算されて作られた存在なのかもしれない。
ちなみに鮭は海水から淡水に生活圏を切り替える時に、細胞レベルでトランスフォームを起こすんだそう。その切り替えどきというのが一番体が弱っている時で、それをねらっている鳥や獣たちがいて、トランスフォーメーションの時に大量の鮭が襲われるのだそう。
そんな話を聞いていて、わたしたちも似てるよなぁとおもったの。
わたしたち、いま、まさに生きる世界が、海水ベースから淡水ベースに変わるくらいの変異差があるでしょ!
スピリチュアルなちまたでは、次元が変わっていって、細胞レベルで変わってると言われる時でもあるけど、もしそうならば、人類も鮭と同じことがおこりえるんだろうなぁとも思った。
2028年までに人口が大幅に減ってしまう説とかも、トランスフォーメーションによって、体が一時的に弱っているところに強いストレスを受けるからだとしたら、なんか説明がつく気がする。w
おお、私たちは鮭と同じなのか!!
つまり、どのひとも、いまは肉体のケアが一番大事な局面におかれていると理解すればいいのかもしれない。
体がきついっていう人の数が私の周りでもすごく増えていますね。そういう時は、やっぱりいたわることが一番。
暑い暑い夏、自分を労って、毎日のんびり過ごしてください。
遅ればせながら、暑中お見舞い申し上げます。