知恵の気

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 今日は久しぶりに寒いですね。午前中、京都洛中はちらちらと雪が降っていました。プライベートが忙しすぎて、久しぶりのブログなんですが、

 先日、新手のネットワークビジネスの説明会に呼ばれたんです。(ネットワークビジネスだとは告げられずにだったので結果的に、ですが。)
 予測はしていて、ああそんなところだろうな、と思って参加したら、やっぱりその通り。
 そうであったとしても、紹介してきた知人には昔、借りがあったので、借りを返すつもりで、その知人にしてもノルマか何かがあるのだろう、と察しての参加です。



んん〜〜〜〜〜〜〜〜.......

なんかあの世界、すごいっスよね! 


って、良識ある日本人的には、そういう言葉しか出てこないと思います。
もちろん文字通りではない、[すごい]です。

 私の人脈で、ネットワークビジネスをいいと思ってやるひとというのは、基本的に誰一人いないです。始めたと聞いたら、ご縁を切ります。ですから、ある意味で、自分の付き合っていくべき友人を選ぶ、踏み絵となっております。

その会の中では、在日朝鮮半島系人のディストリビューターに当たるような人が、

「ああ、結構!結構!金が欲しくないやつは、こなくていい!!」

って興奮してたり、

「自分にやってくる友達がみんな金に変わるんだよ!最高じゃん!」

みんなこうなりたいでしょ〜!
豪華客船旅行したいでしょ〜!

って大声で言ってました。
主婦ぽいひとたちがギョロ目で食いついていたのが印象的で、


お前、やばいよ、ってだれか言ってあげないのかなぁと思ったんですが、
なんか周りは、それどころか、ヒューヒュー!そうだそうだ!ってノリで、それもやばい。完全に場違いなのは、想定内。

在日おばちゃんのいうこということがとても聞き苦しいので、「まぁ、これで貸し借りチャラな!」とばかりに、知人をチラ見し、退出しました。
新興宗教とネットワークビジネスにハマって得られるものは、数字の損得計算だけで自分を納得させる偽の豊かさや幸福感、高揚感です。

みんな幻の世界に酔っている。その幻に自分の生命力を支払っている。

しかし、ネットワークビジネスって、セールストークが面白いですよね。w
どう見ても、整形してるだろう、いう若造のおばちゃん(おばあちゃんだろうな)が、これは最強スーパーな化粧品なんだといって宣伝するんですけども、そんな若返りの化粧品だったら、そもそもアンタ、この整形いらね〜だろう、と笑っちゃいました。

中身男性性が強いため、そういう女性ならではのセールスには、ドライになっちゃって、やっぱりどうにもこうにも違和感なんですよ。ごめんなさい。w

豪華客船旅行を売りにしたネットワークビジネス(本人たちは否定するが本質的にそうだ。)も、

「なぜ、安く出来るかわかりますか??豪華客船旅行には新規客がいなくて、五千人も乗れる船、停泊してるだけで維持コストがかかるからなんです!そのお金持ちが買わなかった空席を激安で、この会社に売ることで成立してるからなんです!だから400万の豪華客船旅行が、30万で行けるなんてことになるんです!誰も損しないビジネスでしょう!!」

って、言ってたんですけどね。
おいおい、金持ちが飽きて辞めてしまった遊び方を一般人が廃棄処分的なセールス品に飛びつくようなものだと自分で言ってる??

それがリッチになることとはどうしても結びつかない。
そしてそんな豪勢な話をしているのに、格安レンタルルームでぎゅう詰めになって聞く話か?そして、でてくるのはペットボトルのお茶とコンビニ菓子?!
リッチな話は、せめてホテルのロビーか、都会の最新設備の会議室でして欲しいものです。

というかね、気づいて欲しいのよ、おばちゃんたち。
それはお得な旅じゃない。
豪華客船とは、ディズニーランドなのよ。w
 その施設の中で客を囲うことによって、滞在時間中、客からできるだけお金を吸い上げるシステムなのよ。
 檻に閉じ込められたのに、餌に夢中になって、快適さにごまかされ、自由さを失ったことに気が付かないで動き回る動物と変わらないのよ。
船で提供できる一流には限りがあるでしょ、やっぱり。

 今の本当の金持ちが豪華客船乗らないのは、船の中途半端なサービスに満足してなくて、自家用ジェットで現地に行って、現地で最高のクオリティを整えて買って過ごしてるからだし、昔と違って人生最後までいろんな体験する選択肢が増えたので、自分の人生時間をこれまで以上に大事にしているからだと思うんですよ。
 豪華客船は、本当の金持ちたちに飽きられてしまった古いサービスなので、いまは庶民が買うしかないことになってるんじゃないですかね。

って、私的には思いましたけども、
おばちゃんたち熱狂して言ってました。

「船の旅行でなにがすばらしいかって、自分に向き合う時間がたくさんあるってことなんですーーー!」

そのほとんどが、海の上での生活で、実際現地滞在の時間は短い旅だからね。
そして思ったの〜
「わざわざ豪華客船に乗って自分に向き合わなくても、自分ちで自分に向きあえばいいんじゃん?」って。

自分的には、それは逆にいうと、自宅で自分に向き合える人っていうのは、豪華客船乗らないと自分を見つめることができない人たちよりも、自宅や日常生活の中でしっかり豊かさを享受しているひとだってことだと思ったんですよね。

あ〜うちらって、この時点で、すげ〜リッチなんじゃん!!

って思いません?
 形の上で豪華なシチュエーションがないと豊かさだと認識できない層よりも、職人が心を込めて作って、その菓子司さんの奥さんとの会話を楽しみにしながら、うちで抹茶たてて、ゆっくり過ごす豊かさこそが自分の豊かさなんだけど、このひとたちは、ただ和菓子を食っただけなんだろうし、自分でなんでお茶いれなきゃいけないんだって思うんでしょうね。船の上で、イケメン執事がお茶淹れてくれるお茶が豊かなのかな。

そして思いました。
豊かさの意義が、二極化してるんだって。

在日のネットワークビジネスの方に教えてあげたかったですが、きっと、いってもわからないでしょう。そういう感性がないからです。
まったくかみあいません。

 日本人にとって、豊かさってもともとなにを指していると思います?
なんか何百万するなにかに囲まれているから、豊かなんじゃないんですよ。
 日本人のゆたかさって、物質が帯びている豊かさの気をうけとって、豊かだと言ってるんですよ。

 眼に見えるもの以上に、見えない世界のなかに溢れる豊かさのエネルギーを我々日本人は感性で受け取ってきた。
だから心豊かでいられたわけで。

豊かさはそこかしこに溢れてるんだけど、眼に見えるものだけしかフォーカスしていない人ほど、ブランドやだれがみてもみんなが豪華だねというわかりやすい物質を周りに置かないと、納得できないんです。
東京人それ、多いですけどね。

でも豊かさの本質をうけとっているわけではないので、どんなに贅沢なものにかこまれたとしても、感性が塞がっているので決して満たされることがない。

AIで書いたイラストと人が心こめて描いた下手絵だけど愛着がわいてしまう絵、絶対ちがうはずなんですよ。だって、日本人はかつて、空間配置と線一つにそれを感じられていたからこそ、書道に豊かさを感じていた。
 感性が低い人は、一本の線をただの線にしかみない。

AIで描いたイラストと人が描いた全くおんなじイラストとが同じ値段で売ってたら、あなたはどっち買いますか?そばにおきたいと思いますか?
絶対「人」じゃないですかね。
それが答えだと思うんです。

ひとがかけがえのない唯一無二の存在だ、ということを、意識ではおんなじ絵だとおもっても、あなたのこころは奥底で理解しているんだということが自明でわかるんじゃないですか。人が描いたという証明書がなくても、瞬間でそっちを選べた感性高い人は、なお豊かな人でしょう。

これがわからなくなっちゃった人間は、すでに生き物として大事なものが壊れているんですよね。
今までは、グレーゾーンだった豊かさの世界が、明確な差となって現れてきたことを、今回ネットワークビジネスに何十年ぶりに顔出してみて思いました。


豪華客船に格安でのれる!っていうところに旨みを感じてリッチになろうっていうのだったら、豪華客船を正規の値段でぽんっと予約できる自分になろう!って言ったほうが、もっと前向きでなんか説得力があるような。
だって、それは、最初から、私たち貧乏だから豪華客船を正規価格で乗ることができません!って、自分の潜在意識に語っているのと同じだよ?w

ネットワークビジネスにはいるひとは、商材をなん度も乗り換えていくけど、大富豪になった人というのはそんなに多くない。
それは、ネットワークビジネスの旨みをひとに伝えていく上で、自分が貧しいことを自分の潜在意識に自分で刷り込んでいくから。

がんばって金持ちになろう!から出発すると、今の私は貧乏です、と認めることになる。今十分豊かなんだよね、って気が付く感性ができると、その豊かさが次の豊かさを惹きつけていくんだ、という法則に逆らっているからです。

そして壁にぶちあたって、「いや、これはこのシステムや商材がわるい!」となって違うネットワークビジネス商材に乗り移るんだけど、おんなじことをぐるぐるぐるぐる、続けているんだよね。ある意味で地獄だよね、でもそれが体験したくてやってるんだよね。

って思いながら、
「はぁ〜いいサービスですね〜、用事あるのでまた今度!」と立ち去り、


閉館前の東寺を訪れました。
東寺には虚空蔵菩薩が安置されています。
遣唐使時代に運ばれたユーラシア大陸の色濃い時代の本物の菩薩像です。

虚空蔵菩薩は知恵を授ける菩薩です。
東寺は十三詣りで行く寺の一つとしても知られている真言宗の寺ですが、なぜ十三詣りするのか、とたまたまそこにいた警備員さんが詳しい説明をしてくれました。

思春期の始まりは、こどもが自分自身を見つけるための旅路です。
それは親が子供の意識にどう干渉することもできない世界の始まり。こどもが自分の力できりひらくしかない、親子分離の時代の始まりです。

そんな時代を迎える我が子にせめてもの親心として、知恵の菩薩に、気のエネルギーをいただきにいくんです。
我が子の知恵が濁って、道を迷わないように。

先日、仏教大学のアメフト部が胴上げしてくれて、たまちゃんのハーフ成人式を祝ってもらったんですが、なんか嬉しいような寂しいような。

もう何年かしたら、心の旅立ちが始まるのか、って。
どんな思春期になっていくんだろうか。
まさに旅立ちするときの親の心境ですよ。
健全な成長のためには旅立たなきゃいけないんだけども、京都の親たちが娘・息子に十三詣りしていたその親心に共感し、虚空蔵菩薩を前に色々考えてしまいました。

知恵の濁った大人は、目の前の豊かさに気が付くことができません。
形が綺麗で、これでもかってくらい保証書がたっくさんついて、権威者がこれがすばらしいですよ、というものしか、価値があることに気がつきません。

友達は無形の財産と言いますが、文字通り金じゃねぇよ、おばちゃん。

友人は、自分だけでは変化のない自分の気を外側から活性化してくれる大切な存在だよ。って思いましたね。
知恵が濁った大人の地獄を目の当たりにして、知恵の菩薩の前にいる自分。

なんかね〜今後の選択を問われた気がしましたね。

お前の判断力、なんのために使うか、しっかり覚悟せよ
ってことかな。って。
虚空蔵菩薩を通して、私のガイドは伝えたかったのかもしれません。
どちらの世界に生きるのか、この先の境界線を意識させたかったのかもしれません。

有意義な1日となりました。











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